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人の神を笑うな

ぼくは新興宗教が割と好きだ。
などと書くと大変な誤解を招く気がする。はっきり申し上げておくと存在自体にはかなり否定的であるし、あんな冗談みたいなものに入れあげる人々はなんてか弱くて哀れなんだと無礼にも上から目線で思うが、もちろんそんな薄汚い気持ちは心に堅く仕舞っているので安心してほしい。そうはいってもぼくは新興宗教が好きだし、もしこの世からあれらが消えてしまったとしたら、ちょっぴり悲しい。
最近ナントカとかいう女優のために某科学が話題になった。それを見ていて前職の同期(以下A子)を思い出した。ぼくはあとから聞くまで気が付かなかったのだが、彼女はある新興宗教(幸福の何某ではない)のガチ2世信者だった。らしい。

新興宗教の施設は往々にしてデカい。異常にデカい。形も変なのが多い。ああいうのを見ると無性にワクワクする。なんか良い。是非とも見学させてほしいのだが、やっぱり入信しないと立ち入ることはできないのだろうか。入信するくらいなら見れなくてもいい。無料見学会とかやってないのかな。
あんなエキサイティングな巨大建造物、一体誰が作ったんだ。神の力で出現したとかそんなことはもちろん無い。建設業者さんにこういう変なの欲しいって発注して、見積もりをもらって、あーだこーだ協議して、契約して、土方の皆さんが汗水たらして、建てたのである。デカいし変な形だし相当巨額の金が必要だろう。そのお金はどこから来たのか?まさか神が石ころから錬成したわけはあるまい。信者の方々のお布施である。お布施すごい。宗教法人はうまくやれば儲かるらしい。宗教法人法人税がかからない。実際あんなド派手な施設をドカドカ建てるんだから、儲かっているのだろう。宗教法人法人税がかからない。

A子さんはとても背が低い、小動物っぽい雰囲気の女の子だった。服装次第では中学生と言われても信じたであろう。大人しい性格のように見えたけれど、休憩中なんかは普通に今時の子らしく談笑していて、可愛らしいひとだなあと思う程度には、悪い印象はなかった。
前職は新人の退職なんて日常茶飯事だったので、ある日突然A子さんが出勤してこなくなり、しばらくして退職したと聞いても、特別驚きはしなかった。ちなみにその約半年後にはぼく自身がある日突然出勤しなくなり退職することになるんだけれども。
で、A子さんが辞めた直後、同期とご飯を食べているときに、実はあの子は○○会の布教をしていて~、という話を聞いた。マジで冗談かと思った。ぼくが知らない間に(周囲とのコミュニケーションを怠っている間に)事務所の何名かは彼女から勧誘を受けていて、職場ではそういうことはやめましょうね、という話になっていたらしい。ぼっちすぎて全く気が付かなかった。一応書類上?はそのナンタラ会の活動に専念する為退職ということになったらしいけれど、会社としてもそういうのは迷惑だし、A子さんのほうもここじゃ収穫はねえなと判断してさっさと辞めたんじゃないかと思う。本当に何の前触れもなく突然消えた。
実際に勧誘されたという同期の話によれば、異様な熱量でもってモリモリ誘われたらしい。前述の通り可愛らしい子だったので、ふたりで食事と誘われてノコノコついていき、突如終末がどうのと熱弁振るわれた同期氏の心中は察するに余りある。正直爆笑した。
グーグル先生によるとその○○会は数ある新興宗教の中でもかなり大手で、しかも極めて悪評高い。普段職場で見ていたA子さんの姿からは到底想像できず、本当にもうなんか笑うしかなかった。

かの蛭子能収氏は宗教を「自分で判断できない人が頼るもの」だと言った。ぼくも概ねその通りだと思う。中には真っ当な宗派もあるのだろうが、少なくとも新興と呼ばれるようなのは、アレとかソレのような信者数が多く知名度も社会的影響力も比較的高めなところでさえ、冗談ですよねみたいな教義をクソ真面目に唱えている。らしい。案外教祖や幹部はこんなん冗談やろって思ってて真面目に信じているのは下々の民だけ、みたいな感じじゃないかと思うけれど、いや、怒られそうだからやめよう。
もちろん信教の自由は何人にも保障される。ぼくが勝手に偉そうなことを思っていても、信じるのをやめろとは言えない。言わない。まあ、向こうさんは「御大を信じねえとてめえら不幸になるぞ」などとトンチンカンを言うのだが。
それでもぼくは新興宗教を愛している。この世には、というかこの狭い日本の中ですら、あんなにも理解しがたい人々が万単位で存在するという、その事実に興奮する。いや興奮はしないけど。それは例えばオカルト話や心霊話のような興味深さであり、そしてオカルトや心霊に比べて決定的に優れているのは、実在が確定しているという点である。幽霊が実在していると判明したら興奮する類の人間なのだ。ぼくは。
そういう、理解しがたい人間が存在するという現実を常に胸に留めておけば、どこかでちょっとヤバい人間に出会ったとしても「まあそういう人もいるさね」と受け流すことができる。異教徒は滅びると信じている者が確かにいるのだ、ちょっと常識はずれの奴がいたところで驚きはしない。

真剣に信仰を貫く人々を馬鹿にしているのか、という批判もあろうと思う。そんなことはない。いや、ちょっぴりあると言っても嘘にはならない可能性も否定できないが、その質問には基本的にはないとお答えします。動物園で笹を食むパンダを見ながらあなたはパンダを馬鹿にするだろうか。しないと思う。ちょっとたとえが悪いかもしれない。パンダに失礼だった。
蛭子氏の言には概ね同意するが、何かにすがることを悪だとは思わない。弱いのは誰のせいでもない。それを補う術として偶々宗教を選んだというだけのことだ。悪い部分があるとすれば布教によって周囲に迷惑を振りまくことであって、まあこの点だけで8割方悪いと言ってしまっていい感じにも思えるが。逆に言えば、そういう押し売りさえなければ全ての信仰は等しく尊いものである。
少なくとも信仰自体は決して非難されてはならない。多かれ少なかれ誰でも信仰は持っているのだから。その対象が神だったり仏だったり、O川R法だったり中野梓だったり星空凛だったりするだけのことである。

 

幽霊の正体見たり、彼が好き

昔ね、チョコもらったんですよ。
昔っつーか、まあ高校時代の話ですけど。10年前ですね。

じゅうねんつったらオメー、「decade」っていうソレ専用の英単語まで用意されてる、あの10年。もはや一時代。
鼻垂らしてた小学生が東大生にまで華麗にジョブチェンジすると言われる、あの。
小学生が東大生になるほどの期間、ぼくは何してたかって、アッ、やめやめ、これ考えたらダメなやつ。
意外と大昔話になりそうですけど、とにかく高校時代。
そう、チョコね。もらったのよ。

ご存知の通り女性比率がべらぼうに高い部活に所属してたので。
年頃の女の子たちはそういうキラキライベントが大好きみたいで、2月中旬、ガールズチョコ交換会が開催されるわけです。
にわかに甘く匂い立つ部室。ここ製菓研究部だっけ?
そのついでに男どもにも恵んでやるよって感じでね。
一応建前上は男性にあげるルール?ですからね。一応。
基本的にはデカい生チョコ塊を一口サイズカットした一切れとかですけど、気合入ってる子は有難いことに可愛くラッピングしたのとかくれるんですよ。もちろん義理ですけど。
人数が人数なんでけっこうたくさんもらっちゃった。えへへ。

懐かしいですね。チョコレートの味は青春の味、つってね。
いやまあ、チョコ味はただのチョコ味なんスけど。
ゴディバとかリンツとか食べてもあんまり違いがわかんない馬鹿舌なので、青春の味って言われても、ねえ。(もちろん大変うれしいです)

 「一生分のチョコもらっちゃったな~、卒業したらもう誰にもチョコもらえねえな~」

なんて笑ってたら、マジのガチでその通りになった。

 

ところが、そんなぼくも一度だけ、義理じゃないやつを貰う機会があって。

その後10年、これほどまでに何事もなく静かな人生になるって知ってたらね。
今思えばもっとこう、平身低頭して涙の謝辞を述べるべきだったんですけど。
でもあの頃は、まさか人生最後になるとは想像もしてなかったみたいでさー。

「おっ、ありがとう」

なんて、軽~く爽やかにね、笑顔でね。
したっけ、その子がさ、照れくさそうに、ちょっと申し訳なさそうにね、言うの。

「私、実はチョコレート苦手で…」

チョコじゃなくてアップルパイくれた。


ううん、アップルパイも好きだから大丈夫だよ。チョコと同じくらい好き。なんならチョコより断然好き。むしろ君が好き。

そういうわけで、ぼくは「本命チョコ」なるものの存在を信じていない。

 

ところで幽霊って見たことあります?ぼくはないです。
でも幽霊っていう概念はすっかり人口に膾炙してる。
見たことあるって言うひともそれなりにいるっぽい。
ぼくも、いるならいたほうがいいなーって思う。
それだけ世界が広がるってことだから。

しかしね、一応自分、根拠のない話には乗らないようにしてるんで。懐疑主義者なんで。この目で確かめるまでは、安易に「幽霊います」とは、ちょっと言えない。言いたくても言えない。
もちろん「いません」とも言えないけど。
そのうえで、心霊モノはフィクションとして好きです。
いたらいいねーって希望を込めて、ホラー映画とか観てる。


「本命チョコ」もね、ほんと、あったらいいなーって思う。マジで。
それだけ世界に愛があるってことだから。

でも悲しいかな、恥ずかしながら見たことがないので。
幽霊と同じくらいの水準で、見たことなくって。
「本命チョコ」なる概念が少なくとも日本では広く普及してること、知ってるよ。
テレビやネットや雑誌に情報が盛りだくさんなのも、知ってる。
幽霊よりもかなり信憑性高そうな噂とか体験談とか、聞こえてくるような気もしないでもない。
なんかもう隙を見せたら存在するって納得しそうだけど。
それでもこの目で見るまでは、世界に「本命チョコ」が存在すること、まだちょっと、信じられない。


皆さんはどうですか。
幽霊、見たことありますか。

『けものフレンズ』に揺さぶられる

 ここ数年、アニメは年平均1~2作程度の視聴に留まっているが、その全てが例外なく自らの趣味嗜好に照らして最高級の評価に値する作品であるという事実に、感涙を禁じ得ない。鼻炎で嗅覚を削がれた代わりに、何か別の嗅覚が発達したのかもしれない。
 その嗅覚が、今再びあるアニメに鼻孔をひくつかせている。さながら獣のように。

漂う荒廃の匂い

 『けものフレンズ』はその最高にキュートでラブリーな物語とは裏腹に、全編を通して底知れぬ剣呑な気配が微かに漂っている。
 たとえば、ジャパリパークにはセルリアンと呼ばれる謎の敵性生物(?)が存在しているらしい。初登場した小さな個体を難なくやっつけてただのドタバタ要素かと思えば、直後のボスっぽい大きな個体との邂逅においてサーバルちゃんはなんと「フレンズが食べられちゃった」可能性を示唆する。食べられちゃった!?可愛いフレンズが!?いきなりぶっこまれるリョナ的な予感に身震いするも、幸いそういった描写はなく大きなやつも協力して倒すことができた。が、食べられちゃったらどうなるのか、今後フレンズが食べられちゃう展開があり得るのだろうか、などと拭いがたい不安が胸に残る。このせいでこの後セルリアンが登場する場面はいつも、間抜けで楽しげな画面を眺めつつも、漠然とした警戒心が影を落とし続けることになってしまった。はやく真相を明らかにしてほしい。いや、やっぱりこわい、食べないでくださーい!
 また、ジャパリパークという世界についても様々な疑問が浮かび上がる。一見野生溢れる大自然のような場所でありながら、サーバルちゃんの口から突如「図書館」などという文化的な単語が飛び出す。どうやら図書館があるらしい。その後現れるランドマーク的な平たい物体は、どう見ても放棄され朽ち果てた看板である。このあたりでなんとなくジャパリパークとはなんなのか、おぼろげに察し始める。
 そして現れる「ボス」と呼ばれるいかにもマスコットキャラクターのような青い何か「ラッキービースト」。このボスとの対話によって、視聴者はかばんちゃんがフレンズとは異質な存在であるらしいこと、少なくとも過去にはパークが「来園する『人間』のためのアミューズメント施設」であったらしいことを理解する。後に登場する打ち棄てられたバスやロープウェー、埋もれてしまった地下アトラクションなどがさらにそれを裏付けていく。第4話、ツチノコちゃんと迷宮から脱出するシーンなどは、映画『ジュラシックパーク』のラストを彷彿とさせた。

メタ視点ジャパリパーク

 ジャパリパークが遺棄された世界であることはエンディングにも示唆されている。それまでのキュートでラブリーでフワフワなフレンズから一転、グレーアウトした廃墟の実写画像を背にエンディングテーマが流れ始める。なんだこれは。子どもなら泣きかねない。しかもそれらはいずれも閉園したテーマパークの廃墟なのだという。露骨すぎる。泣くぞ。
 また、この「けものフレンズ」は一連のメディアミックスプロジェクト(我らがラブライブ!のような)であり、その中にはスマホのアプリゲームが「あった」らしい。あったというのは、アニメ放送時点でサービスが終了しているというのだ。悲しい。一説によると、アニメのジャパリパークはバーチャルな空間であり、終了したゲーム世界のその未来である、との見方もある。アニメ劇中ではまだ謎になっていることでも、ゲームについて調べれば明らかになるものもあるだろう。ただ、どうやらゲーム版とアニメ版、そしてコミック版との間にもいくつか差異があるらしく、どこまで繋がっているのかを知るには、今後の展開を待たなければならない。
 調べてみるとアプリ版「けものフレンズ」のサービス終了告知には、何らかの形でサービスが再開される可能性を匂わす文言がある。終了は2016年12月のようだが、この時点では既にアニメ制作は始まっているはずで、(今現在話題になっているように)マーケティング効果が非常に高いであろうアニメ放送を待たずに幕を閉じるのは、いささか不自然であると言わざるを得ない。根拠のない想像でしかないが、これらは全てけものフレンズプロジェクトの計算の上で行われているものであり、アニメ放送の完結と同時にその流れを汲む新たな「けものフレンズ」アプリが復活するということも、充分考えられるのではないか。

ナントカとカントカの狭間

 このように、視聴者の立場だからこそ気付く様々なファクターに誘われて、ついつい裏設定や世界観に対する思索を巡らせてしまう。それはさながらかばんちゃんが自身の正体を求めて図書館を目指すように、冒険的でワクワクする楽しいものだ。放送開始直後から「考察班」なる一派が思い思いの仮説と検討を重ねていて、それらを眺めるのもまた面白い。
 にもかかわらず、ふと気が付くとそんな小難しいことはそっちのけでただただ純粋にフレンズたちの愛らしさに心奪われ、かばんちゃんとサーバルちゃんの冒険に胸躍らせている自分がいる。フレンズはどの子も個性的かつ魅力的で、そして一人の例外なく心優しい。性格の違いこそあれ、全員が初対面のかばんちゃんにも快く協力してくれるのだ。なんてやさしい…。
 視聴を続けているうちに表情筋は緩み、思考は散漫になり、なんだかもういろいろどうでもよくなってくる。怖いこと考えるのやめて。この幸せを奪わないで。あの笑顔を曇らせないで。正直こんな堅苦しい文章を取り繕うのもそろそろつらい。こんなアニメ、すごーい!たーのしー!だけで全部説明できるではないか。かんがえるのやめたい。
 かばんちゃんは当初なんの特技もないかと思われたが、長い道程にも負けない「持久力」や、紙ヒコーキを飛ばしたり橋っぽいものを架けたりといった「知恵」という名の特技を発揮していく。既に多くのオタクたちが指摘しているように、フレンズが各々動物の特性を備えている一方、かばんちゃんは「人間」の特性を備えているのである。というかおそらく人間である(人間という動物のフレンズではという説もある)。少し強引な物言いをすれば、考え謎に迫ろうとする視聴態度と、雑念を捨てて楽しさに浸る視聴態度は、「人間」かばんちゃんと「けもの」フレンズのそれである。このアニメを見ていると、内なる人間性とけもの性(?)の間で自我が揺れ動き、なんとも名状し難い妙な気分になるのである。
 
 もちろん、アレコレ考えながら観るのも、ニコニコ無心で観るのも、どちらも同等に立派な楽しみ方だ。ぼくは中途半端なので両方を行ったり来たりして軽く精神分裂しそうな危機に陥っているが、とにかく大変良いアニメだと思う。行く先々で出会うフレンズとかばんちゃんが協力して困難を乗り越える姿は、教科書的な冒険譚としても良くできている。合間に突然挿入されるプロ飼育員の妙に生々しい動物解説も面白い。動物園に行きたい。廃墟がどうの正体がどうのといった謎はこれから明かされるかもしれないし、明かされないかもしれない。どちらにしても、すごくてたのしー彼女たちの旅路から今後も目が離せない。

ちなみに『君の名は。』は観てないです

昔ね、なんかスゲェ面白いブログを読んだんです。


そりゃもうめっちゃ面白くて、テンションが上がらないことで御馴染みのこのぼくが腹抱えて笑ったくらい。
実際は口角がちょっと上がって端からンフッwみたいな変な音が漏れただけだったかもしんないけど、まあとにかく面白かったの。

何度でも読みたい心のオアシスになり得る文章だった。

 

ただ、面白ブログにはありがちなことですけど、更新が少ない。
ぼくが同世代の女性と会話する機会並みに少ない。具体的に言うと年一か多くて二回。確変入って三回。
だもんでしばらくすると存在を忘れちゃう。
ぼくも同世代の女性がこの世に存在するってこと、しばしば忘れますからね。
たまに外出て見かけるとなんか嬉しくなります。
いやらしい意味じゃねーよ。二千円札ゲットしたら嬉しくない?その感じ。

んで、忘れてる間に機種変更のどさくさでブックマークどっかいっちゃう。
ふと思い出したころにはタイトルもハンドルネームも記憶の彼方。日々の生活っていう奔流に押し流されて、オアシスは電子の海に呑まれてった。一期一会。
そんな悲しい過去があるんですけど。


見つけたんです。最近。そのブログの人。


本当に偶然。別に探してもない。つーか気付くまで忘れてた。
喪女で、現在三十●歳で、面白い。そんな人他に、いますかっていねーか、はは。
忘れてたけど仕事は看護師だったなみたいな事もだんだん思い出してきたりして、なんならもう町で偶然元カノに会ったみたいな雰囲気になってきたけど大丈夫?

十中八九あの時のオアシスだって、確信したわけです。
実は有名な人らしいので知ってたらこれだけの情報でもピンとくるでしょう。まあ、そう。あの人。
加藤はいねさんっていうんですけど。
ここだけの話ちょっと今回文章雰囲気だけ真似てみたんだけど、どう?似てる?
あっ、似てない。
うん。

そんなわけで、運命の再会っつーの?ぶちかましたわけ。


まさか人生初(かつ最後)の運命の再会の相手が面白三十●歳喪女ブロガーとは思わないよね。会ってもいねーし。

まあ正直、昔読んだことあるつっても何年前だかさっぱり思い出せないし、なんなら記憶が曖昧過ぎて別の何かと間違えてるんじゃねーかって不安も無きにしもあらずなんですけど。


でもね、なんかあるんですよ。


独特の文体に感じる懐かしさみたいな。前前前世からのなんかみたいな。
もしかしたらあの時自分が読んだブログとは別のブログかもしれない。
あまりにも記憶が遠くてハンドルネームにも見覚えがない。
でもわかるんです。書いてるのは彼女だって。
(※後日調べたらやはり以前自分が読んだのは加藤はいねの現在閉鎖された別ブログであることがわかりました。更新日時からしておそらく大学時代に読んだ模様)


もうね、気分は瀧君と三葉ちゃん。


つい、言ったよね。
君の名は。」つって。
映画と違うのは、完全無欠の一方通行ってとこですけど。

よく覚えてないけど、全然変わってない。
あの時口角の隙間からフヒュッwとかなんとか漏らしたあの感覚。
きっと、この変わらなさがぼくたちを引き寄せたんだと思う。
相変わらず処女でよかった。
よくねえよ。


こんな面白いのになんでこの人モテないのって思うじゃん。思うの。
他人のモテるモテないをどうこう言えた身分じゃないんですけど、まあそれはとりあえずおいといて。


そりゃ、男女のアレなんて「※ただし」みたいなとこあるよ?
三十●年間彼氏無しなら、まあなんていうかその、なんていうか、その、あれかもしれない。
いや、でも、あの、世の中には必ずしも「※」というわけでもないカップルなんて山ほどいるわけで。
ちなみに加藤はいねでググって出てくる画像は本人じゃないらしいっすよ。

まあとにかく、えっと、その、うまく言えないけど、もどかしい気持ちになるわけですよ。


なんで?って。


ただ面白いだけじゃなくて、変な魅力っていうか、応援したくなるっていうか。
なんならもう好き?みたいな?
なにしろ運命の再会相手だし。
軽く(ブログサービスの)前世越えて会いに来ちゃったし。
いやまあ、実際付き合えるかっていうと、無理だけどさ。
いくらぼくが彼女と似たり寄ったりのモテなさだとしても、選ぶ権利はある。
トイレでうんこ爆発させる女はちょっとね。


もし仮に、万が一、何らかの手違いで、うっかり、加藤女史に三十●年越しの春が来た場合。
たぶん、今みたいな切れ味はもうなくなっちゃうかもしれない。


恋人ができたツイタラーも軒並みつまらなくなるアレ。
なんつーのかな、牙が抜けたっていうか。
だけど、どんなに鈍っていたとしても、彼女のあのセンスでもって綴られる


「来ました」


みたいな話を、待ち望んでる。
なんとかこう、幸せになってほしい。
下半身の糸守町いつまでも守っとる場合ちゃうぞ、と。
はよ誰かのティアマト彗星つかまえろや、と。
密かに応援せずにはいられない。


そういうよくわからん魅力が加藤にはある。
もはや好き過ぎて呼び捨ても致し方無しみたいなとこあるよね。
一回り近く年上だけど。
まあ新人と肩並べて怒られてる加藤だから。若い若い。


それにほら、うんこ爆発女ですらなんとかなるなら、もしかしたら自分も、みたいな励みになったりさ。
瀧君や三葉ちゃんみたいな美男美女じゃなくても。
どんなモテなくても、ひとりくらい、いるかもしれないじゃないですか。
ナントカの相手ってやつが。
白馬の王子様とまではいわない。
前前前世から探してなくたっていい。
徒歩の村人とかでいい。鏡ぐらい見たことあるよ。
それでもさ。


それを彼女には証明してほしい。


まあ、ぼくの運命の相手チケットはそのうんこ爆発女に使っちゃったんで、もう無理かもしれないですけど。

課金ラインの向こう

 最近読んだ漫画の話します。

『秘密のレプタイルズ』
 Web漫画サイト「裏サンデー」にて連載中の爬虫類漫画。
 裏サンで公開されている1話を読み、「マンガワン」とかいうアプリで続きを読み、面白かったので単行本も買った。極めて理想的なWeb漫画のビジネスモデルに乗せられました。ありがとうございました。
 サラリーマンの主人公が一時の癒しを得るべくフラリと立ち寄ったペットショップで、頭のおかしい爬虫類マニア店員に捕まり爬虫類の魅力に飲み込まれていく話。カエルもいるよ。
 品種や飼い方の解説が詳細で、普通に飼育入門漫画として使えそうでありつつ、ラブコメ?ギャグ漫画としての面白さもしっかりしているという、1粒で2度美味しい感。爬虫類に寄りすぎてしまうと本当にただのハウツー漫画になってしまいそうなところ、いい具合にバランスが取れている。ギャグセンスがネット慣れしてるというか今風で読みやすい。作者自身が爬虫類飼いのひとで実際の知識や経験がそのまま生かされているのも、読みやすさの理由かもしれない。いつか絶対に飼うぞ。
 余談だけど噂によるとこの人元々はエロ漫画描いてたらしくて、ググってみたら普通にめちゃシコでした。ありがとうございました。
 
『堕天作戦』
 上記のように裏サンデー掲載作品はマンガワンというアプリの中でなら全話読むことが出来る。そのアプリ内で適当に暇つぶしに読んでみたら面白かった。面白かったので単行本買った。ビジネスモデル乙。
 魔法を使う魔人と科学を使う人間(旧人)が戦争をしているはるか未来の世界で、失われた超科学文明の遺産である「不死者」がなんかフラフラする話。戦争の道具にされ精神が死んでいたところ、ある出会いをきっかけにこころが生き返り、どうやって生きていこうかと考えながら輪切りにされたり粉々にされたりする。主人公の「不死者」以外にも主役級のキャラクターが複数おり、それぞれの視点でそれぞれの物語が進む。
 「人魔の対立」も「不死者」も昨今ありふれた題材であるけれども、世界観がユニークで非凡なものを感じる。設定厨歓喜。一読しただけでは何が何やらという感じだが、話の中で徐々に明らかにされていく作りがうまい(まだほとんどわからん)。「堕天作戦」というタイトルの意味が明かされるシーン好き。ファンタジーものかと思いきや読み進めていくとド定番のSFの香りがしてくる。全体的にグロくて暗くて重い。不死ゆえに天然ボケ入ってる主人公がかます不死ギャグ(ギャグではない)が一抹の清涼剤。


 どうでもいい話します。

 裏サンデーと言えばアニメ化もした『モブサイコ100』等を代表作とする大手漫画サイトで、割と初期から読んだり読まなかったりしてた。一時は掲載作全部チェックしてたんだけど、飽きちゃって今はモブサイコとケンガンアシュラだけ楽しみ。
 裏サンは対抗馬の「となりのヤングジャンプ」と違って初期数話と最新話しか読めなくて「読みたい?じゃあ本買ってね」という姑息な効果的な手法を採ってるんだけど、実際ぼくみたいに買ってる人間がいる以上ビジネスとして成立はしているんだろう。一応アプリ内で全話無料なんだけど、ソシャゲのスタミナ的概念が導入されてて上手いなーと思った。「1話読むのに1消費、無くなったら回復するまで待つか課金」みたいな。それで1回読んだ話も後から再度読むときはまたスタミナ消費するので、実質無料とはいえ読みづらく、面白いなら買ってしまえとなる。買った。

 無料で読めるのに敢えて単行本を買う。別に変な事じゃないんだけど、改めて考えると自分の中で「これはお金出してでも読みたい(ほしい)」という一定のラインを持つことは、精神衛生上大事だと思った。ぼくみたいに物事への興味関心が薄いと、ただでさえ空っぽな人生がますます空虚になっていく。アニメなんて録画すればいつでも見れるのにBlue-rayを買う(高い)。ライブでも物販とかぶっちゃけ要らないんだけど一応パンフとか買う(邪魔)。「お金を払ったという事実」「お金を出して買ったモノ」はぼくに語りかけてくる。キミはこれが好きなんだよ、キミが大事にしたいものはこれだよ、と。そうやって自分に呪いをかける。ぼんやり生きていると自分が何を求めているのか、何を好んでいるのかすら見失ってしまうから。

眼からレーザー

 2016年をアレするアレです。

■邪眼(左)
 とにかく眼球に苦しめられる1年だった。すっかり慣れた入院生活。慣れたくなかった。
 発端は春先、なんか左目の視界が狭いなと感じた。疲れてるんだと思った。よくある。前職時代、ピントが合わなくて文字が読めない、みたいな状態に突然なったことがあって退勤したら治ったんだけど、どう考えてもストレスのせいだったと思う。そのときと似たようなもんだと思った。
 これは疲れやストレスではないっぽい、と自覚してから病院に電話するまで2週間かかった。面倒だったので。冷静に考えてただの馬鹿なんだけど、最悪片目が見えなくなっても死にはしないし、って本気で思っていた。さすがに両目失明は嫌だな~怖いな~とは思いつつ、片目くらいなら許してやろう、みたいな。これも本当に馬鹿なんだけど片目がダメになるような人間がもう片方も無事で済むはずがないとなぜ思わないのか。
 さすがに常識も残っていたので病院には行った。速攻で紹介状、大学病院予約割り込み、即手術決定。ありがとうございました。

 2週間渋ったのが地味に効いた。μ’sのファイナルライブに入院見込期間が被る。マジで死のうと思った。正直手術決定より遥かにショックだった。結果から言えば、経過良好によりライブ2日前に退院した。奇跡としか言いようがない。術後の安静を口実に会社を休みライブビューイングを観に行った。眼帯付けて。馬鹿とでも阿呆とでも好きに呼べばいい。おっしゃるとおり馬鹿です。もしLVではなくさいたまスーパーアリーナのチケットが当選していたら、退院が間に合ったとしても断念せざるを得なかっただろう。さすがの馬鹿も退院2日後に「ちょっと用があるんで東京(さいたま)遊びにいきまーす」とは言えない。
 そもそも病院に行くのが2週間早ければ、入院も短く済んで費用を抑えられたかもしれないし、ライブにも影響無かったし、会社にかける迷惑も減らせたと思う。その点は素直に反省している。病院は早めに行こうね。自分の身体はどうでもよくても、意外と他にあちこち影響があるものだ。どうしても病院に行きたくなければ、死期を悟った猫のように失踪して、死体が発見されない方法で死ぬしかないのではないか。中途半端に愚図ると自他ともに被害が増える。

 意識を保ちながら眼球の中身をいじくられるのは結構貴重な体験だった。この期に及んでまだ呑気なことを言ってる。もちろん施術中視力はほとんど無いんだけど、光は感じるしなんか棒とか突っ込んでゴソゴソやってるのもなんとなくわかる。筋肉を引っ張る?みたいなことをするときだけやけに痛い。術後もかなり痛みが続いて、痛み止めの座薬まで入れたのに一晩中脂汗流して唸る羽目に。リアル俺の邪眼が疼く…!状態。

■魔眼(右)
 で、夏前頃ふうやれやれちょっと視力は落ちたけど治ってよかったね、というところで、反対側の眼もアウトを食らう。こっちは自覚症状が全くなかった。もうどうにでもして。
 今度は致命傷を回避できなかった。南條愛乃バースデーライブに入院が被る。μ’sにしろ南條さんにしろ、チケット取ってからブッキングしてくるのやめてもらえませんか。日程をずらしてもらいたかったが、治るとはいえほっとくと進行する類いのやつだし、仕事のスケジュールとの兼ね合いもあり、諦めるしかなかった。流石に奇跡は2度も起きない。1度目があったので、すぐ受け入れた。南條さんの誕生日は来年だって来る。泣いたけど。
 今度は手術方法が違うらしい。局麻でやると死ぬほど痛いからねなどと脅されながら全身麻酔となった。人生初全身麻酔。正直ちょっと怖かった。話には聞いてたけどすごいねアレ。スッて落ちてサッと目醒めた。起きた直後全身がぶるっぶる震えて「あ、やっぱり死ぬん?」ってなった。すぐ治った。

 このようにして目からビームが撃てるよう改造したわけだが、手術直後は低下した視力もなんか意外とじわじわ戻ってきて、今はおおむね元通り。現代医療すごい。色々人工物が入れてあるのでサイボーグと言っても過言ではない。やったぜ。実際は預金口座が大変なことになったし有給も死んだし足りなくて欠勤して収入も減ったしなにひとつやったぜじゃない。夏の終わりにはツキイチの通院だけになったけど、もう前半だけで2016年はお腹いっぱいになった。

ラブライブ!
 ついに終わる。未だにファイナルライブのブルーレイは観ていない。別に観たら自分の中の何かが終わるとかそういうセンチメンタルなアレじゃないけど。単に気が向かない。両日で10時間ちかくなるので、どうせ観るならきちんと時間を作り気持ちを整え正装して正座して観なければなるまいと思っている。そんなタイミングが一向に来ない。サンシャイン!も始まったが、Aqoursの皆さんがどんなに可愛くても、アニメの出来が良くても、もう以前ほど心動くことはなくなった。理由は特にない。たぶん、この理由のなさが恋とかそういうアレのやつなんだと思う。アレのやつ。サンシャイン!のアニメも違った意味で魅力的というか興味深かったので、録画を観直したいとは思っている。いつか。そのうち。

■ゲーム
 FF14は相変わらず。ついに零式(いわゆる高難度レイド)に手を出し始めてしまい、準廃人の域に片足を突っ込みつつある。吉田の言うところのミッドコアかな。ファンフェスティバルという一大イベントについては既に述べたとおり。
 今年はあまりゲームを買わなかった。「今年は」じゃなくて「今年も」だった。オーバーウォッチとFF15ぐらい。割と楽しい。年末休みは14ちゃんでは零式以外あまりやることがなさそうなのでFF15をやろうと思う。スマホゲーは軒並みやめてしまった。スクフェスすらも。ああいうのはコツコツ継続することが前提の設計で、いったん離れると急激にやる気がなくなってしまう。「コツコツ継続」が根本的に向いていない。

■総評
 人生ゲームでいうところの「1回休み」みたいな年だった。1回と言わず3回くらい休んだし所持金もめっちゃ減った。前半で精根尽き果て金もなくなり、後半は消化試合流してる感じ。終盤はだいぶ立て直してよっしゃやったるかって気持ちにはなった(気持ちだけ)。
 来年の抱負は無病息災です。
 

FINAL FANTASY 14 FAN FESTIVAL 2016 TOKYO

 ファイナルファンタジー14ファンフェスティバルに行ってきました。

 普段身の回り(現実)にゲーム仲間がいないので、この会場に集まった数千人が全員自分と同じゲームをしている人間かと思うとなんとも奇妙な気持ちになりました。
 一緒に行ってくれた3人は本当にありがとう。楽しかったです。はくさんは来られなくて残念。また今度絶対遊びましょう。今度ていつになるやら。

 

基調講演
 新ジョブ赤魔道士が初公開。キャスメインの者としては必ずマスターしたいところですが、どうせみんなやりたがるので実装直後はIDで赤赤になりまくる予感。もう1ジョブ来るからそっちに流れてくれ。スパイダーマンサム・ライミ=侍ってマジなん?
 黒魔のエーテリアルステップがお気に入りなので(いつも笑われてますが)、遠距離近距離をシュッ!シュッ!て移動するのがめちゃくちゃ楽しみです。笑うなや。
 水中アクション楽しそうですね。メインの遊びはバトルだと思いますが、FF14はそういうところ以外にも普段からかなりリソースを割いてる印象があります。ゲームが得意な人、零式を目当てにしている人からしたらそういうのよりレイドをもっとなんとかしろとか思うのかもしれませんが(わからなくもないですが)、ネトゲは人口がいてナンボみたいなもんですから、カジュアルな層にも受け入れられるようにするのは非常に大事だと思います。その結果得意なひととの間に摩擦が起きたりする問題もありますが、どちらかを切り捨てたりせず共存できるゲームになったらいいですね。
 最近は零式ばっかやっててそういう生活系から遠ざかっているので、知らずにこころが殺伐としてないか、少し我が身を顧みなければいけないかもしれません。

大陸横断アルテマクイズ
 後半の鬼畜問題がヤバかったです(コナミ)。小ネタとか世界設定とか集めるのも好きなんですけど、やっぱり最近は零式ばっかやっててそういう(以下略)
 6番チームと同点優勝した5番チームがいい歳した渋いおっさんペアで面白かったです。むしろカッコイイ。ギャザクラに自信有みたいでしたけどあんまりギャザクラ問題出なかったのが同点タイにとどまった原因でしょうか。いろんなひとがいるんだなあと思いました。

第34回PLLとガラパゴス化する光の戦士
 『光のお父さん』ドラマ化決定!やったー!!ついに「実はあのドラマのゲーム結構やってんすよねwあのツインタニアってやつも倒したんすよw」つってウザがられたい願望が現実のものに。おう絶対みろよ。俺をウザがれよ。ついでに14始めろよ。俺が育てたるけん。今から始めれば6月20日発売の拡張ディスク『紅蓮のリベレーター』に間に合うよ!(宣伝)
 割と真面目な話、すごいことだと思います。知らないひとは「光のお父さん」でググってください。長いけど頑張って読んで。面白いので。
 題材が「オンラインゲーム」という一般的には白い目で見られがちなモノだけに、放送してもあまり評判は良くないかもしれない。ぼくらのような一部の人間にしかウケないかもしれない。でも、たとえヒットしなかったとしても、前代未聞の試みが成功したことには違いないでしょう。逆にもしこれが広く認められたなら。色々と期待してしまいますね。放送は拡張ディスク直前だし。アニメではなく実写ドラマでやる意味もそこにあるのかもしれません。

 FF14は比較的ユーザー層の幅が広めな印象なんですが、こうやってより多くの人に知ってもらうことで、今まで以上に(オンライン)ゲーム慣れしていないひとが増えて、プレイスタイルの違いによる摩擦がさらに増えるのではないか。そんな心配も少しあります。一時的に人が増えても、楽しさに触れる前によくわからずたくさん辞めてしまって結果不評だけが残る、みたいな事がないとは言えない。ぼく自身も当初ネトゲは不慣れで、もし師匠がいなかったら、あるいは南條愛乃さんがいなかったら、レベル50になる前に辞めていた気がします。序盤の心細さとわけわかんなさはハンパないですからね。でも大丈夫。Hadesサーバーならぼくがいますよ。Hadesいいとこ一度はおいでよ。
 『光のお父さん』シリーズは親孝行の話でもありますが、「(オンライン)ゲームってそんなに悪いことばかりじゃないよ」という“一般的には白い目で見られがちな”風潮へのアンチテーゼでもあります。そういうところがうまく伝わるといいなと思います。ぼくもゲームを通してこうやって大切な友達ができたわけだし。元の友達が少ないから増加率がヤバい。

プロトアルテマ討滅戦改めコンフィグ討滅戦
 未実装の24人蛮神戦をデモ体験。のはずがホットバーやらHUDやらの設定との戦いがほぼメイン。FF14の良さのひとつがこういう操作のカスタマイズ性の高さなんですけど、逆にそのせいでみんな思い思い個性的な画面レイアウトで遊んでいるため、デフォルト状態だとまともに戦うことができない。5分間与えられた準備時間内に全部直すのは不可能なので、いかに即興で使えるようにするかという新感覚のゲームでした。ある意味真のプレイスキルを試された感ある。
 全滅2回くらいで圧倒的「勝てねぇ」感が漂ってましたが、時間切れ前ラスト1回で無事撃破。やったぜ。おそらくプロトアルテマ自体の難易度は自キャラなら余裕のレベルだったと思いますが、上記の特別ギミック?もあってまるでレイド初クリアのような達成感がありました。名も知らぬパーティーのみなさん、ありがとう。噂によると討伐率は3割程度らしいので、良いPTだったんだと思います。ひとの動きみてる余裕なかったからわかんないけど。
 普段は自室でネット回線越しにいろんな人と遊んでますが、顔が見えるところで一緒にゲームをして、倒したらみんなが歓声を上げたりして、64でスマブラとかやってた頃の楽しさを少し思い出しました。


 他にもコスプレコンテストとかピアノライブとか色々ありました。フロアアクティビティもたくさんあったんですけど、結局お絵かきしかしてない。見れてないところは多いですけど、十分すぎるほど楽しかったです。自分は1日目だけでもへとへとになったので、両日参加のみなさんは本当にマジでお疲れ様でした。2日目のバンドライブ聴きたかったな。
 今年はあまりいい年とは言えませんでしたが(毎年言ってる)、年の瀬に楽しい思い出ができてよかったです。またエオルゼアでお会いましょう。