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インテリになりたい

今フランス大統領選挙の真っただ中ということで、大学時代の恩師の専門がフランス○○○(特定防止)だったなあと思い出し、ちょっと興味が湧いた。久々にブログを覗いてみると相変わらずお元気そうでなにより。
父親がいない(死んでない)ぼくにとって「大人の男性」像というのは極めて曖昧なのだが、何某先生はそんな僕から見ても非常に尊敬できる人物である。残念ながら大学生当時のぼくは(今も)何も考えていない中身スカスカ人間であったため、そんな素晴らしい先生の下で学べるという機会を全力で素通りして中身スカスカのまま卒業してしまい、恩師と呼ぶことすら正直おこがましい。長い読書感想文以上でも以下でもないカスのようなでっち上げ卒業論文は、いまだに思い出すだけで枕に顔をうずめて足バタバタである。一応日本では一流とされる大学にあんなゴミで名を残したことが死ぬほど恥ずかしい。今からでもマジで卒業資格をはく奪されたい。

隙あらば自分語りはこれくらいにして、大統領選である。残念ながら4月25日現在、先生のブログで大統領選に触れているのは1月の左派予備選挙についてだけだったので、決選投票に進出したマクロンとルペンに関しては知りたければ自分で調べなければならない。そういえば先生は左派寄りだったような気もする。別にフランスがどうなろうが関係無いし知ったこっちゃないのだが、政治的なものの見方や情報収集力を養うのは、自分に関係ある選挙で役立つはずだ。という、スカスカ人間のせめてもの悪あがきです。
少し前にオラが町の市議会選挙があって、合理的に投票先を選ぼうとして、面倒になって諦めた。結局自民党の若手に入れた。若かったので。大統領選と田舎の市議会選を一緒にするのもどうかと思うが、選挙は選挙。ぼくのようなスカスカの実を食べた全身スカスカ人間は、投票先の選定基準に困ってしまうので、どう選べばいいか知りたいのだ。
そういうとき、最も良いと思われる情報ソースは選挙公報等の公的な公開情報である。であると思って、実際見たのだが(意識高い)、正直わかりづらい。だいたい似たようなこと書いてあるし(馬鹿)。馬鹿でもわかりやすく腑に落ちるためには、「信頼できる人物の発信する情報」が必要ではないかと思う。「信頼できる」という条件自体が大変ふわふわで信頼できない気がするが、各自の信頼できる力(リョク)(?)に頑張ってもらうということでここはひとつ。

フランス大統領選におけるぼくの「信頼できる人物」は恩師だったわけだが、結局ブノワ・アモン氏のベーシック・インカム論が面白いということぐらいしか収穫は無かった。他、Togetterのまとめやらニュースサイトやらを読んで(小一時間)、なんとなく最終候補の立ち位置はわかった(気分になった)。マクロンが中道、ルペンが極右。なるほど(わかったのか?)。ただ、どうもこう、発言者の政治的スタンスによってどの程度バイアスがかかってるか読めず、とくにTwitterでの個人の発言はルペンは本質的レイシストだのレイシストじゃないだの、どっちがマトモなのやら(両方マトモじゃないやら)判断がつかない。
仮に自分がフランス国民だったとして、どちらに投票するか考えてみるが、よくわからない。結局、自分自身の立ち位置をよく把握していないのだ。なんとなく右寄りとは思うものの、そもそも前提知識が不足していて話にならない。学力と家庭の経済状況は比例すると言われているが、ぼくはそうは思わない。なぜなら我が家は貧乏だから。ただし、文化資本と経済状況はおおいに比例すると思う。なぜならぼくの教養は貧乏だから。

要するにノンポリってやつなのかもしれないが、何もわかっていないのに選挙で投票したとして、その1票にどんな意味が?とは思ってしまう。日本の選挙で、誰が首相になろうが誰が市長になろうが自分の生活が変わるかと言えば、おそらく大して変わらないので、結局どうでもよい気がしてくる。あるいは「大して変わらない」という認識がそもそも不勉強と無知ゆえなのか。うーむ。それでも一応毎回投票に行ってるのは、なんというか「観てもいないアニメの批判はしたくない」的な心理というか。別に政権批判する気もないが、「文句を言えない立場」に陥ることを避ける為だけに、休日の時間を代償に支払って投票している。


久々に恩師のブログを読んだせいで無駄に知的好奇心が刺激されて、インテリを気取ったことを書いてしまった。実際はスカスカの実のスカスカ人間である。マクロン候補は口ばっかり巧みで薄っぺらだというもっぱらの評判なので、親近感を覚える。中身がないよしみでやっぱりマクロンに一票。インテリになりてえ。

やる気元気鈍器

突然ですがやる気がなくなりました。まるで今までやる気があったかのような物言いですね。なかったです。これまでも、そしてこれからも。何のやる気かって、全部です。全部やる気がなくなりました。もともとこういう性格なのはまあ仕方ないとして、それにつけてもここ最近はひどいです。ふにゃふにゃほにほにです。まあでも、完全に感情が無い廃人みたいかっていうとそんなことなくて、欲しいものとか、楽しみなこととか、興味のあることとか、ちゃんとあります。Ibanezのベースが前から欲しくて、自動車保険が安くなった分お金が浮いたので買おうかなって思ってます。あとオンラインゲームの拡張も楽しみです。使ってないペンタブを見つけたのでお絵かきの練習をしたいです。Netflix契約したので映画も観たいし、本もたくさん読みたいです。ほら、いろいろあるじゃないですか。て思うじゃないですか。特に何もしないんですよ。ベース買うなんてワンクリックなのに、それすらしない。買ったら買ったでどうせカッコイイ置物になっちゃうんでしょうけど。なんでこんなにやる気ないのかなーって思って、心当たりを探してみました。たとえばお仕事のせいなのかなー。最近ちょーヒマ。今週やったことって、銀行でお金おろす、建設業許可の書類作る、ちょっと車運転する、町内の神社に奉納するお酒買ってくる、セールスの電話断る、くらいです。1日じゃないよ今週。あとは仕事してるふりしてエクセルいじくるかネットみてます。すいません。手取り14万だし楽してもいいでしょべつに。こんなんだから、なんていうか生きてる価値ないみたいな、そういう変な気分になっちゃったのかもしれません。違うかもしれません。お仕事が楽で早く帰れるなんて、趣味をしろと言わんばかりの環境なのにね。趣味ない。ゲームかな。最近あんまりおもしろくない。本読まない。楽器とか絵とか、練習だるい。ぜんぶめんどくちい。ずっと寝てたい。こういうの若干抑うつ傾向です?あんまりそういう感じでもない気がするんですけど。死にたいとかはないです。怖いし。死んだら悲しんだり困ったりするひとも若干いるから、死ぬのはやめといたほうがええなって思います。かと言って、大した楽しみもなくかんたんなお仕事でしょっぱいお給料もらって、なんのために生きてるんみたいなね。自分のためですけどね。その自分がなんもやりたくないっていうんだからまあいっか。あんまりよくないな~って思うですけど、人生の良い悪いってそもそも誰が決めるの~みたいな。自分かあ。よくないとは思うけど、別に悪いとも思ってないっていうあんびばれんとなかんじょーです。わかる?ほんと生きてる理由ない。こんなしょうもない人間になっちゃったのは全部自分のせいなので、それはしょうがないです。ハタチ前後まではいい人生だったなあ。あんまり悔いはないです。遺書みたくなっちゃった。死なないよ。今現在良い人生と思わないなら、行動しなきゃね。しないよ。

 

(追記)ほかにもほしいものありました。車ほしい。ミニ乗りたいんですよ。でも新車は到底手が出ないし、中古だって新しめのはやっぱりお高いなので、型落ち10年物とかで我慢するかあきらめてリーズナブルなの買うか悩みます。ローン嫌だし。どうせ生きてる意味ないならお金節約する理由もないやんって思いますけどね。奮発して高い買い物するやる気も出ない。次の車検は厳しいと思うので買い替え自体は確定なんです。やる気なくてもやらなきゃいけないことはやります。仕事だってちゃんとしてるし。めっちゃ暇そうですけど今週が特に暇すぎるだけですからね。仕事早いのでいつもおおむね暇ですけど。思えば昔からやれって言われればしっかりできるんです。大学受験も、勉強はしなきゃいけないものだって刷り込まれてたからうまくいっただけ。やれって命令されたらできるんだったら、全部誰か決めてくれないかなあ。

けものに愛を

ご存じの通り、我らが『けものフレンズ』のアニメが堂々たる最終話を迎えた。フレンズよありがとう。かばんちゃんとサーバルちゃんに幸あれ。ジャパリパークに光あれ。

けものフレンズ11話放送後、我々テレビの前のフレンズは一週間身を切られるような思いに耐えながら12話を待たねばならなかった。ハッピーエンドを疑っていたわけじゃない。ないが、怖くなかったと言えば嘘になる。
結論から言えば、そんなものは全くの杞憂に終わる。ぼくたちの思いを真正面から受け止め応えきった最終話だったと思う。涙と笑顔、王道を往く友情、勝利、大団円。爽やかなロードムービーにふさわしい新たな旅立ち。丁寧な演出と伏線の回収。信じてよかったたつき監督。ありがとうたつき。フォーエバーたつき。

今まで様々な形で視聴者を驚かせてきたアニメだったからこそ、最後にど真ん中ストレートがぼくたちの心を撃ち抜いたのだ。以前、知性の減退と向上の狭間で揺れているということを書いたが、どんな立場で視聴しようがそんなことは関係なかったのだ。全てを包み込むような包容力溢れる最終話だった。それはまさしくサーバルちゃんのごとく。
見どころは山ほどあるけれど、もはやいちいち述べる必要もなかろうと思う。きりがないので。敢えてひとつだけ挙げるなら、しわしわの紙飛行機がよかった。他にもたくさんたくさんよかった。

結局最終話を迎えてなお、ジャパリパークをめぐる謎はまだほとんど解明されていない。それどころか、「ボク、人でした!」という宣言を経てなお、かばんちゃんの正体は一層不可解になったとすら言える。人気を受けて2期(とハッキリ明言していないところが引っ掛かるけれども)制作が決定したからいいものの、もし知る人ぞ知る隠れた良アニメで終わっていたら、これらは永遠に謎のままだったのだろうか。
「考察班」が様々な推理で伏線や謎を紐解いていく様子は、人気爆発に一役買った。しかし第12話を終えて、そういった考察の余地はあくまでも(良質な)オマケなのではないかと感じた。非常にうまく作られていることは確かで、考察をするのはとても楽しい。けれど、それはけものフレンズへのキッカケのひとつに過ぎず、大事なのはそんなところではないのだ。

 

www.animatetimes.com

考察が捗るのはひとえに作り手のこだわりと技量の高さの表れであるけれども、彼らが作りたいのはそういう小手先のものではないのだと思う。じゃあ何かと聞かれるとぼくの言葉ではうまく説明できないが、インタビューを読めばわかる。愛です。動物への愛。けものフレンズへの愛。
ラブライブもまたそうであったように、覇権(この言い方はなんだかよくわからないが)を取る作品の大きな特徴は、制作者の愛が感じられることだと思う。もちろん、人気が出なかったから愛が無かったというわけではない。

ぼくは動物が好きだ。犬でも猫でも、哺乳類以外でもなんでも可愛い。ずっとペットを飼いたいと思っている。まだ飼ってない理由はただビビッているだけ。出会う前からお別れがつらい。考え過ぎなのかもしれない。もう2年くらいビビり続けている。あと部屋が狭い。
好きな子ができたときの「好き」や音楽や小説を好むときの「好き」とは、どこか違う種類であるように思う。うまく言語化できないけれども、そもそも明確に説明できるようなものでもないかもしれない。けものフレンズにはそういう感情が湧いてくる。動物の話なのだから当然と言えばそうなのだけど。
ほんとの愛はここにあるのである。

人の神を笑うな

ぼくは新興宗教が割と好きだ。
などと書くと大変な誤解を招く気がする。はっきり申し上げておくと存在自体にはかなり否定的であるし、あんな冗談みたいなものに入れあげる人々はなんてか弱くて哀れなんだと無礼にも上から目線で思うが、もちろんそんな薄汚い気持ちは心に堅く仕舞っているので安心してほしい。そうはいってもぼくは新興宗教が好きだし、もしこの世からあれらが消えてしまったとしたら、ちょっぴり悲しい。
最近ナントカとかいう女優のために某科学が話題になった。それを見ていて前職の同期(以下A子)を思い出した。ぼくはあとから聞くまで気が付かなかったのだが、彼女はある新興宗教(幸福の何某ではない)のガチ2世信者だった。らしい。

新興宗教の施設は往々にしてデカい。異常にデカい。形も変なのが多い。ああいうのを見ると無性にワクワクする。なんか良い。是非とも見学させてほしいのだが、やっぱり入信しないと立ち入ることはできないのだろうか。入信するくらいなら見れなくてもいい。無料見学会とかやってないのかな。
あんなエキサイティングな巨大建造物、一体誰が作ったんだ。神の力で出現したとかそんなことはもちろん無い。建設業者さんにこういう変なの欲しいって発注して、見積もりをもらって、あーだこーだ協議して、契約して、土方の皆さんが汗水たらして、建てたのである。デカいし変な形だし相当巨額の金が必要だろう。そのお金はどこから来たのか?まさか神が石ころから錬成したわけはあるまい。信者の方々のお布施である。お布施すごい。宗教法人はうまくやれば儲かるらしい。宗教法人法人税がかからない。実際あんなド派手な施設をドカドカ建てるんだから、儲かっているのだろう。宗教法人法人税がかからない。

A子さんはとても背が低い、小動物っぽい雰囲気の女の子だった。服装次第では中学生と言われても信じたであろう。大人しい性格のように見えたけれど、休憩中なんかは普通に今時の子らしく談笑していて、可愛らしいひとだなあと思う程度には、悪い印象はなかった。
前職は新人の退職なんて日常茶飯事だったので、ある日突然A子さんが出勤してこなくなり、しばらくして退職したと聞いても、特別驚きはしなかった。ちなみにその約半年後にはぼく自身がある日突然出勤しなくなり退職することになるんだけれども。
で、A子さんが辞めた直後、同期とご飯を食べているときに、実はあの子は○○会の布教をしていて~、という話を聞いた。マジで冗談かと思った。ぼくが知らない間に(周囲とのコミュニケーションを怠っている間に)事務所の何名かは彼女から勧誘を受けていて、職場ではそういうことはやめましょうね、という話になっていたらしい。ぼっちすぎて全く気が付かなかった。一応書類上?はそのナンタラ会の活動に専念する為退職ということになったらしいけれど、会社としてもそういうのは迷惑だし、A子さんのほうもここじゃ収穫はねえなと判断してさっさと辞めたんじゃないかと思う。本当に何の前触れもなく突然消えた。
実際に勧誘されたという同期の話によれば、異様な熱量でもってモリモリ誘われたらしい。前述の通り可愛らしい子だったので、ふたりで食事と誘われてノコノコついていき、突如終末がどうのと熱弁振るわれた同期氏の心中は察するに余りある。正直爆笑した。
グーグル先生によるとその○○会は数ある新興宗教の中でもかなり大手で、しかも極めて悪評高い。普段職場で見ていたA子さんの姿からは到底想像できず、本当にもうなんか笑うしかなかった。

かの蛭子能収氏は宗教を「自分で判断できない人が頼るもの」だと言った。ぼくも概ねその通りだと思う。中には真っ当な宗派もあるのだろうが、少なくとも新興と呼ばれるようなのは、アレとかソレのような信者数が多く知名度も社会的影響力も比較的高めなところでさえ、冗談ですよねみたいな教義をクソ真面目に唱えている。らしい。案外教祖や幹部はこんなん冗談やろって思ってて真面目に信じているのは下々の民だけ、みたいな感じじゃないかと思うけれど、いや、怒られそうだからやめよう。
もちろん信教の自由は何人にも保障される。ぼくが勝手に偉そうなことを思っていても、信じるのをやめろとは言えない。言わない。まあ、向こうさんは「御大を信じねえとてめえら不幸になるぞ」などとトンチンカンを言うのだが。
それでもぼくは新興宗教を愛している。この世には、というかこの狭い日本の中ですら、あんなにも理解しがたい人々が万単位で存在するという、その事実に興奮する。いや興奮はしないけど。それは例えばオカルト話や心霊話のような興味深さであり、そしてオカルトや心霊に比べて決定的に優れているのは、実在が確定しているという点である。幽霊が実在していると判明したら興奮する類の人間なのだ。ぼくは。
そういう、理解しがたい人間が存在するという現実を常に胸に留めておけば、どこかでちょっとヤバい人間に出会ったとしても「まあそういう人もいるさね」と受け流すことができる。異教徒は滅びると信じている者が確かにいるのだ、ちょっと常識はずれの奴がいたところで驚きはしない。

真剣に信仰を貫く人々を馬鹿にしているのか、という批判もあろうと思う。そんなことはない。いや、ちょっぴりあると言っても嘘にはならない可能性も否定できないが、その質問には基本的にはないとお答えします。動物園で笹を食むパンダを見ながらあなたはパンダを馬鹿にするだろうか。しないと思う。ちょっとたとえが悪いかもしれない。パンダに失礼だった。
蛭子氏の言には概ね同意するが、何かにすがることを悪だとは思わない。弱いのは誰のせいでもない。それを補う術として偶々宗教を選んだというだけのことだ。悪い部分があるとすれば布教によって周囲に迷惑を振りまくことであって、まあこの点だけで8割方悪いと言ってしまっていい感じにも思えるが。逆に言えば、そういう押し売りさえなければ全ての信仰は等しく尊いものである。
少なくとも信仰自体は決して非難されてはならない。多かれ少なかれ誰でも信仰は持っているのだから。その対象が神だったり仏だったり、O川R法だったり中野梓だったり星空凛だったりするだけのことである。

 

幽霊の正体見たり、彼が好き

昔ね、チョコもらったんですよ。
昔っつーか、まあ高校時代の話ですけど。10年前ですね。

じゅうねんつったらオメー、「decade」っていうソレ専用の英単語まで用意されてる、あの10年。もはや一時代。
鼻垂らしてた小学生が東大生にまで華麗にジョブチェンジすると言われる、あの。
小学生が東大生になるほどの期間、ぼくは何してたかって、アッ、やめやめ、これ考えたらダメなやつ。
意外と大昔話になりそうですけど、とにかく高校時代。
そう、チョコね。もらったのよ。

ご存知の通り女性比率がべらぼうに高い部活に所属してたので。
年頃の女の子たちはそういうキラキライベントが大好きみたいで、2月中旬、ガールズチョコ交換会が開催されるわけです。
にわかに甘く匂い立つ部室。ここ製菓研究部だっけ?
そのついでに男どもにも恵んでやるよって感じでね。
一応建前上は男性にあげるルール?ですからね。一応。
基本的にはデカい生チョコ塊を一口サイズカットした一切れとかですけど、気合入ってる子は有難いことに可愛くラッピングしたのとかくれるんですよ。もちろん義理ですけど。
人数が人数なんでけっこうたくさんもらっちゃった。えへへ。

懐かしいですね。チョコレートの味は青春の味、つってね。
いやまあ、チョコ味はただのチョコ味なんスけど。
ゴディバとかリンツとか食べてもあんまり違いがわかんない馬鹿舌なので、青春の味って言われても、ねえ。(もちろん大変うれしいです)

 「一生分のチョコもらっちゃったな~、卒業したらもう誰にもチョコもらえねえな~」

なんて笑ってたら、マジのガチでその通りになった。

 

ところが、そんなぼくも一度だけ、義理じゃないやつを貰う機会があって。

その後10年、これほどまでに何事もなく静かな人生になるって知ってたらね。
今思えばもっとこう、平身低頭して涙の謝辞を述べるべきだったんですけど。
でもあの頃は、まさか人生最後になるとは想像もしてなかったみたいでさー。

「おっ、ありがとう」

なんて、軽~く爽やかにね、笑顔でね。
したっけ、その子がさ、照れくさそうに、ちょっと申し訳なさそうにね、言うの。

「私、実はチョコレート苦手で…」

チョコじゃなくてアップルパイくれた。


ううん、アップルパイも好きだから大丈夫だよ。チョコと同じくらい好き。なんならチョコより断然好き。むしろ君が好き。

そういうわけで、ぼくは「本命チョコ」なるものの存在を信じていない。

 

ところで幽霊って見たことあります?ぼくはないです。
でも幽霊っていう概念はすっかり人口に膾炙してる。
見たことあるって言うひともそれなりにいるっぽい。
ぼくも、いるならいたほうがいいなーって思う。
それだけ世界が広がるってことだから。

しかしね、一応自分、根拠のない話には乗らないようにしてるんで。懐疑主義者なんで。この目で確かめるまでは、安易に「幽霊います」とは、ちょっと言えない。言いたくても言えない。
もちろん「いません」とも言えないけど。
そのうえで、心霊モノはフィクションとして好きです。
いたらいいねーって希望を込めて、ホラー映画とか観てる。


「本命チョコ」もね、ほんと、あったらいいなーって思う。マジで。
それだけ世界に愛があるってことだから。

でも悲しいかな、恥ずかしながら見たことがないので。
幽霊と同じくらいの水準で、見たことなくって。
「本命チョコ」なる概念が少なくとも日本では広く普及してること、知ってるよ。
テレビやネットや雑誌に情報が盛りだくさんなのも、知ってる。
幽霊よりもかなり信憑性高そうな噂とか体験談とか、聞こえてくるような気もしないでもない。
なんかもう隙を見せたら存在するって納得しそうだけど。
それでもこの目で見るまでは、世界に「本命チョコ」が存在すること、まだちょっと、信じられない。


皆さんはどうですか。
幽霊、見たことありますか。

『けものフレンズ』に揺さぶられる

 ここ数年、アニメは年平均1~2作程度の視聴に留まっているが、その全てが例外なく自らの趣味嗜好に照らして最高級の評価に値する作品であるという事実に、感涙を禁じ得ない。鼻炎で嗅覚を削がれた代わりに、何か別の嗅覚が発達したのかもしれない。
 その嗅覚が、今再びあるアニメに鼻孔をひくつかせている。さながら獣のように。

漂う荒廃の匂い

 『けものフレンズ』はその最高にキュートでラブリーな物語とは裏腹に、全編を通して底知れぬ剣呑な気配が微かに漂っている。
 たとえば、ジャパリパークにはセルリアンと呼ばれる謎の敵性生物(?)が存在しているらしい。初登場した小さな個体を難なくやっつけてただのドタバタ要素かと思えば、直後のボスっぽい大きな個体との邂逅においてサーバルちゃんはなんと「フレンズが食べられちゃった」可能性を示唆する。食べられちゃった!?可愛いフレンズが!?いきなりぶっこまれるリョナ的な予感に身震いするも、幸いそういった描写はなく大きなやつも協力して倒すことができた。が、食べられちゃったらどうなるのか、今後フレンズが食べられちゃう展開があり得るのだろうか、などと拭いがたい不安が胸に残る。このせいでこの後セルリアンが登場する場面はいつも、間抜けで楽しげな画面を眺めつつも、漠然とした警戒心が影を落とし続けることになってしまった。はやく真相を明らかにしてほしい。いや、やっぱりこわい、食べないでくださーい!
 また、ジャパリパークという世界についても様々な疑問が浮かび上がる。一見野生溢れる大自然のような場所でありながら、サーバルちゃんの口から突如「図書館」などという文化的な単語が飛び出す。どうやら図書館があるらしい。その後現れるランドマーク的な平たい物体は、どう見ても放棄され朽ち果てた看板である。このあたりでなんとなくジャパリパークとはなんなのか、おぼろげに察し始める。
 そして現れる「ボス」と呼ばれるいかにもマスコットキャラクターのような青い何か「ラッキービースト」。このボスとの対話によって、視聴者はかばんちゃんがフレンズとは異質な存在であるらしいこと、少なくとも過去にはパークが「来園する『人間』のためのアミューズメント施設」であったらしいことを理解する。後に登場する打ち棄てられたバスやロープウェー、埋もれてしまった地下アトラクションなどがさらにそれを裏付けていく。第4話、ツチノコちゃんと迷宮から脱出するシーンなどは、映画『ジュラシックパーク』のラストを彷彿とさせた。

メタ視点ジャパリパーク

 ジャパリパークが遺棄された世界であることはエンディングにも示唆されている。それまでのキュートでラブリーでフワフワなフレンズから一転、グレーアウトした廃墟の実写画像を背にエンディングテーマが流れ始める。なんだこれは。子どもなら泣きかねない。しかもそれらはいずれも閉園したテーマパークの廃墟なのだという。露骨すぎる。泣くぞ。
 また、この「けものフレンズ」は一連のメディアミックスプロジェクト(我らがラブライブ!のような)であり、その中にはスマホのアプリゲームが「あった」らしい。あったというのは、アニメ放送時点でサービスが終了しているというのだ。悲しい。一説によると、アニメのジャパリパークはバーチャルな空間であり、終了したゲーム世界のその未来である、との見方もある。アニメ劇中ではまだ謎になっていることでも、ゲームについて調べれば明らかになるものもあるだろう。ただ、どうやらゲーム版とアニメ版、そしてコミック版との間にもいくつか差異があるらしく、どこまで繋がっているのかを知るには、今後の展開を待たなければならない。
 調べてみるとアプリ版「けものフレンズ」のサービス終了告知には、何らかの形でサービスが再開される可能性を匂わす文言がある。終了は2016年12月のようだが、この時点では既にアニメ制作は始まっているはずで、(今現在話題になっているように)マーケティング効果が非常に高いであろうアニメ放送を待たずに幕を閉じるのは、いささか不自然であると言わざるを得ない。根拠のない想像でしかないが、これらは全てけものフレンズプロジェクトの計算の上で行われているものであり、アニメ放送の完結と同時にその流れを汲む新たな「けものフレンズ」アプリが復活するということも、充分考えられるのではないか。

ナントカとカントカの狭間

 このように、視聴者の立場だからこそ気付く様々なファクターに誘われて、ついつい裏設定や世界観に対する思索を巡らせてしまう。それはさながらかばんちゃんが自身の正体を求めて図書館を目指すように、冒険的でワクワクする楽しいものだ。放送開始直後から「考察班」なる一派が思い思いの仮説と検討を重ねていて、それらを眺めるのもまた面白い。
 にもかかわらず、ふと気が付くとそんな小難しいことはそっちのけでただただ純粋にフレンズたちの愛らしさに心奪われ、かばんちゃんとサーバルちゃんの冒険に胸躍らせている自分がいる。フレンズはどの子も個性的かつ魅力的で、そして一人の例外なく心優しい。性格の違いこそあれ、全員が初対面のかばんちゃんにも快く協力してくれるのだ。なんてやさしい…。
 視聴を続けているうちに表情筋は緩み、思考は散漫になり、なんだかもういろいろどうでもよくなってくる。怖いこと考えるのやめて。この幸せを奪わないで。あの笑顔を曇らせないで。正直こんな堅苦しい文章を取り繕うのもそろそろつらい。こんなアニメ、すごーい!たーのしー!だけで全部説明できるではないか。かんがえるのやめたい。
 かばんちゃんは当初なんの特技もないかと思われたが、長い道程にも負けない「持久力」や、紙ヒコーキを飛ばしたり橋っぽいものを架けたりといった「知恵」という名の特技を発揮していく。既に多くのオタクたちが指摘しているように、フレンズが各々動物の特性を備えている一方、かばんちゃんは「人間」の特性を備えているのである。というかおそらく人間である(人間という動物のフレンズではという説もある)。少し強引な物言いをすれば、考え謎に迫ろうとする視聴態度と、雑念を捨てて楽しさに浸る視聴態度は、「人間」かばんちゃんと「けもの」フレンズのそれである。このアニメを見ていると、内なる人間性とけもの性(?)の間で自我が揺れ動き、なんとも名状し難い妙な気分になるのである。
 
 もちろん、アレコレ考えながら観るのも、ニコニコ無心で観るのも、どちらも同等に立派な楽しみ方だ。ぼくは中途半端なので両方を行ったり来たりして軽く精神分裂しそうな危機に陥っているが、とにかく大変良いアニメだと思う。行く先々で出会うフレンズとかばんちゃんが協力して困難を乗り越える姿は、教科書的な冒険譚としても良くできている。合間に突然挿入されるプロ飼育員の妙に生々しい動物解説も面白い。動物園に行きたい。廃墟がどうの正体がどうのといった謎はこれから明かされるかもしれないし、明かされないかもしれない。どちらにしても、すごくてたのしー彼女たちの旅路から今後も目が離せない。

ちなみに『君の名は。』は観てないです

昔ね、なんかスゲェ面白いブログを読んだんです。


そりゃもうめっちゃ面白くて、テンションが上がらないことで御馴染みのこのぼくが腹抱えて笑ったくらい。
実際は口角がちょっと上がって端からンフッwみたいな変な音が漏れただけだったかもしんないけど、まあとにかく面白かったの。

何度でも読みたい心のオアシスになり得る文章だった。

 

ただ、面白ブログにはありがちなことですけど、更新が少ない。
ぼくが同世代の女性と会話する機会並みに少ない。具体的に言うと年一か多くて二回。確変入って三回。
だもんでしばらくすると存在を忘れちゃう。
ぼくも同世代の女性がこの世に存在するってこと、しばしば忘れますからね。
たまに外出て見かけるとなんか嬉しくなります。
いやらしい意味じゃねーよ。二千円札ゲットしたら嬉しくない?その感じ。

んで、忘れてる間に機種変更のどさくさでブックマークどっかいっちゃう。
ふと思い出したころにはタイトルもハンドルネームも記憶の彼方。日々の生活っていう奔流に押し流されて、オアシスは電子の海に呑まれてった。一期一会。
そんな悲しい過去があるんですけど。


見つけたんです。最近。そのブログの人。


本当に偶然。別に探してもない。つーか気付くまで忘れてた。
喪女で、現在三十●歳で、面白い。そんな人他に、いますかっていねーか、はは。
忘れてたけど仕事は看護師だったなみたいな事もだんだん思い出してきたりして、なんならもう町で偶然元カノに会ったみたいな雰囲気になってきたけど大丈夫?

十中八九あの時のオアシスだって、確信したわけです。
実は有名な人らしいので知ってたらこれだけの情報でもピンとくるでしょう。まあ、そう。あの人。
加藤はいねさんっていうんですけど。
ここだけの話ちょっと今回文章雰囲気だけ真似てみたんだけど、どう?似てる?
あっ、似てない。
うん。

そんなわけで、運命の再会っつーの?ぶちかましたわけ。


まさか人生初(かつ最後)の運命の再会の相手が面白三十●歳喪女ブロガーとは思わないよね。会ってもいねーし。

まあ正直、昔読んだことあるつっても何年前だかさっぱり思い出せないし、なんなら記憶が曖昧過ぎて別の何かと間違えてるんじゃねーかって不安も無きにしもあらずなんですけど。


でもね、なんかあるんですよ。


独特の文体に感じる懐かしさみたいな。前前前世からのなんかみたいな。
もしかしたらあの時自分が読んだブログとは別のブログかもしれない。
あまりにも記憶が遠くてハンドルネームにも見覚えがない。
でもわかるんです。書いてるのは彼女だって。
(※後日調べたらやはり以前自分が読んだのは加藤はいねの現在閉鎖された別ブログであることがわかりました。更新日時からしておそらく大学時代に読んだ模様)


もうね、気分は瀧君と三葉ちゃん。


つい、言ったよね。
君の名は。」つって。
映画と違うのは、完全無欠の一方通行ってとこですけど。

よく覚えてないけど、全然変わってない。
あの時口角の隙間からフヒュッwとかなんとか漏らしたあの感覚。
きっと、この変わらなさがぼくたちを引き寄せたんだと思う。
相変わらず処女でよかった。
よくねえよ。


こんな面白いのになんでこの人モテないのって思うじゃん。思うの。
他人のモテるモテないをどうこう言えた身分じゃないんですけど、まあそれはとりあえずおいといて。


そりゃ、男女のアレなんて「※ただし」みたいなとこあるよ?
三十●年間彼氏無しなら、まあなんていうかその、なんていうか、その、あれかもしれない。
いや、でも、あの、世の中には必ずしも「※」というわけでもないカップルなんて山ほどいるわけで。
ちなみに加藤はいねでググって出てくる画像は本人じゃないらしいっすよ。

まあとにかく、えっと、その、うまく言えないけど、もどかしい気持ちになるわけですよ。


なんで?って。


ただ面白いだけじゃなくて、変な魅力っていうか、応援したくなるっていうか。
なんならもう好き?みたいな?
なにしろ運命の再会相手だし。
軽く(ブログサービスの)前世越えて会いに来ちゃったし。
いやまあ、実際付き合えるかっていうと、無理だけどさ。
いくらぼくが彼女と似たり寄ったりのモテなさだとしても、選ぶ権利はある。
トイレでうんこ爆発させる女はちょっとね。


もし仮に、万が一、何らかの手違いで、うっかり、加藤女史に三十●年越しの春が来た場合。
たぶん、今みたいな切れ味はもうなくなっちゃうかもしれない。


恋人ができたツイタラーも軒並みつまらなくなるアレ。
なんつーのかな、牙が抜けたっていうか。
だけど、どんなに鈍っていたとしても、彼女のあのセンスでもって綴られる


「来ました」


みたいな話を、待ち望んでる。
なんとかこう、幸せになってほしい。
下半身の糸守町いつまでも守っとる場合ちゃうぞ、と。
はよ誰かのティアマト彗星つかまえろや、と。
密かに応援せずにはいられない。


そういうよくわからん魅力が加藤にはある。
もはや好き過ぎて呼び捨ても致し方無しみたいなとこあるよね。
一回り近く年上だけど。
まあ新人と肩並べて怒られてる加藤だから。若い若い。


それにほら、うんこ爆発女ですらなんとかなるなら、もしかしたら自分も、みたいな励みになったりさ。
瀧君や三葉ちゃんみたいな美男美女じゃなくても。
どんなモテなくても、ひとりくらい、いるかもしれないじゃないですか。
ナントカの相手ってやつが。
白馬の王子様とまではいわない。
前前前世から探してなくたっていい。
徒歩の村人とかでいい。鏡ぐらい見たことあるよ。
それでもさ。


それを彼女には証明してほしい。


まあ、ぼくの運命の相手チケットはそのうんこ爆発女に使っちゃったんで、もう無理かもしれないですけど。