読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とびきり長くはない近況報告

 相変わらず変わり映えのない日々を送っています。最近暑いですね。暑いと誰しもやる気が出ないものですが、ぼくは暑くなくても出ないので相対的に有利かもしれません。ちょっと何言ってるかわかんない。少しだけ進歩したことと言えば、欲しかったベースを買ってしまいました。セールで6万5千円なり。買ったからなんだっつー話ですけど、ぼくにとってはこれだけでも大きな前進なんです。何もしない状態から抜け出せたんですから!今後これが高価なインテリアになるか(ケースに入れててインテリアもクソもないだが)控えめな趣味になるかは自分次第ですが、今の所週に1回くらいしか触ってません。また何もしない状態に陥りますね、これは。こっそりTwitterにベース買ったって書いたら普段の5倍くらいいいねが付いたんですけど、なんなんですかあなたたち。弾いてほしいんですか。それから、少し読書もしてます。インテリになりたいので。インテリとは一体なんだ。久しぶりに図書館で本を借りてみました。数年前に移転して新しくなったんですが、本当に田舎らしくない、オシャレで良い図書館です。ただし無料駐車場が無いという致命的かつ絶望的な欠点があります。この1ヵ月間で3冊読めました。大学時代が平均月4冊程度だったことを思えば、よく頑張ったのでは。改めて思いましたが本を読むのは楽しいです。ただ、集中力が足りず10分毎に休憩(無意味に本を閉じる、スマホを見る、無駄に歩き回る)を挟んだり同じ行を数回読まないと理解できなかったりします。おじいちゃんかな?お堅めな本を選んだので(インテリになりたいので)読んでて疲れるのはしょうがないかもですが、もう少し没頭できたらいいなと思いました。そういえば、一昨年のゴールデンウィークに急に思い立ってガンプラを作り始めたことがあって、けっこう道具とか色々揃えたんですけど、夏に入るころには完全に飽きちゃったんですよね。同じ轍を踏む気がしてなりません。しかし流石に6万5千円を無駄にはできないですね。やれと言われたこと、やらなきゃいけないことならできるなら、自分で強制したろ!という発想だぜ。それで楽しくなかったら完全に本末転倒なんですけど。結局何をやるにも本人の関心意欲態度が大事なんですね。思えば小学校の通知票は軒並み最高評価だったのに、関心意欲だけは各教科若干落とされていた気がします。どうしたらいいの。にゃーん。

光の人間関係

 テレビドラマ『光のお父さん』如何ですか。観てますか。
 結論から先に言うと、ぼくはドラマ版のほうはあまり好きではないです。

ゲームやろうぜ
 「光のお父さん」とは、ぼくがダラダラ長年続けているMMORPGファイナルファンタジー14」を舞台にした実話をネタにした、あるプレイヤーのブログ企画であります。実の父にFF14をプレゼントし、息子であることを隠してゲーム内でフレンドになり、子ども時代に果たせなかった親子の交流、ゲームを通じて得られた大切なものを描き出す、ハートフルなんちゃら。
 ぼくも、いちヒカセンとしてドラマ化が決まる前から楽しく読んでいたので、ドラマ化はとても嬉しく頼もしいです。オンラインゲームはプレイ人口が増えてナンボなので、ドラマを機に始めてみようという人が増えるのは非常に喜ばしい。ゲーム内では若葉ちゃん(始めたばかりは名前の横に若葉マークがつく)を良く見かけるようになった(体感)ので、多分増えているとは思う。嬉しいですね。ぜひFF14やりましょう。やれ。

ゲームばっかりしてると○○になるぞ
 そもそも、元がオンラインゲームのプレイ日記なので、深夜とはいえ老若男女が視聴するであろうテレビドラマにはあまり向いていない。気がします。なぜなら「(オンライン)ゲーム=ひきこもりキモオタニートの不健全な遊び」というよくわからない偏見があるので。俺はニートじゃないが。キキキモオタでもな、ないだが?
 この「光のお父さん」は、一応主題は親孝行ということになってますが、そういった「オンラインゲームの負のイメージを払拭したい」というコンセプトもヒシヒシと伝わってきます。
 個人的な見解としては、実際のところオンゲのプレイヤーにはちょっと頭のおかしなのが一定数います。そりゃゲームに限らずどこにでもいますが、相対的にやや多いのではないかと思います。たとえば、人間1000人のうち変な奴が10人いるなら、オンゲプレイヤー100人の中には5人いるとか、そういう濃縮(1%→5%)が起きている可能性はあります(数字は仮です)。あるいは、普段は普通でもゲーム内だけ自制がきかなくなる輩もいるかもしれません。であるからして、不当な蔑みは無論良くないとしても、偏見が全くの事実無根でもない、と思ってます。
 一応弁明しとくと、実際2年以上遊んでる体感では、ヤバい奴に出会ったのはほんの数えるほどなので、気にするほどでもないです。出くわしたら石につまづいたようなもんだと思えばよろしい。こわくないよー。たのしいよー。

ドラマも見るか
 ドラマ化にあたって、「オンラインゲームの良さをより万人にわかりやすく描く」ための工夫を色々と感じました。FF14を知らない、興味がない人こそ一番観て欲しいターゲットなのでは。そういう意味では非常に良く考えて上手に作ってると感じます。
 原作ブログでは、マイディーさんは自分のプライベートは多くを明かさず、時々「営業職の経験から~」みたいな感じでチラ見せする程度です(個人のブログなので当たり前ですが)。一方ドラマ版では会社員としての生活に焦点を当てて、現実とゲームでの出来事を並行して描写し、相互に良い意味で影響し合う、という構成になっています。例えば、主人公光生が仕事でへまをして担当を外されそうになったとき、ゲームの中でお父さんが諦めずに強敵に立ち向かう姿を見て奮起する、みたいな話。ベタですけど、短い時間でうまくまとめられてて良かったです。
 だがしかし、最初に書いたように、ぼくはドラマ版、そんなに好きじゃないです。 
 本当は、ゲームパートがメインになってほしかった。ぼくは「マイディー」さんと「インディー」さんが主人公の話、ゲームのプレイログの映像化が観たかったんですよね、たぶん今にして思えば。冷静に考えれば、テレビでそんなのやるわけないってわかるんですけど。
 テレビドラマとしてはあくまで、一人の会社員であり息子である「稲葉光生」と、父である「稲葉博太郎」が主人公なわけです。FF14というゲームは二人の関係性を「ドラマチック」に描くために最も重要な要素ですが、あくまで舞台装置であり、それ以上でも以下でもない。正直、二人の親子関係とか光生の会社の人間関係とかどうでもいいんですけど、そういうのがどんどん展開していきます。

ごめんちゃんと見てなかった
 と、ここまではぼくの言い分ですが、自分で自分に反論を試みます。
 実はドラマ化めざして企画書とか作ってる段階で、脚本家が持ってきた改変だらけの「売れそうな」脚本案を「こんなん光のお父さんちがう!」つってボツにしたことがありました。そのうえで、みんなが納得のドラマ光のお父さんをもっかい作ろうって言って、できたのがこれなんですよ。ぼくは第一印象「え~めっちゃ改変されてるやん~うそやん~」って思って観てたんですけど、知る限り誰も文句なんか言ってない。原作者の太鼓判。あれらは「光のお父さん」を曲げるような改変なんかじゃなかった。ドラマ「光のお父さん」は、ブログ「光のお父さん」を正しく反映している(らしい)のです。ぼくは一体どこに目を付けてたんでしょう。
 ドラマ化する前の最初から、このお話は「稲葉光生と博太郎」の話だったんですね。もちろんブログに本名なんて書いてないので稲葉さんではなく山本とか長谷川とかかもしれませんけど。ぼくは「マイディーが見たいんじゃ、稲葉はどうでもいい」って思いましたが、それは間違いで、マイディー=稲葉であり、画面上にどちらが出ていようと、本質的にそれは同じことなわけです。
 言いたいこと伝わるでしょうか。「マイディー&インディー」が見たい「光生&博太郎」は見たくない、と区別するのは、視野が狭かったんですよね。いや、まあぶっちゃけ生身の人間見るよりゲームのキャラクター見てるほうが楽しいのは譲れませんけど、それは個人の嗜好ってやつで。

人間が関係する
 上の方で書いたように、ぼくも一応「親孝行が主題」だってわかってはいた。マイディー親子の絆云々もああよかったねえイイハナシだねえって言いながら読んでました。が、やっぱどこか軽視していたんでしょう。単なるゲーム日記という見方から動かなかった。
 親孝行っていうのはつまり親子関係であり、要するに人間関係です。光生の会社でのエピソードも、人と人が関係するという主題により厚みを持たせるためのものだった。ドラマではカットされてますが、ゲーム内の仲間たちとの関係も結局はそういうことです。このお話は、オンラインゲームの良さを伝えるものであると同時に、人の繋がりの話なわけです。ぼくはその後者をほとんど見落としていたんですね。親子の絆に共感しづらいのは仕方ないかなと思わなくもないですが、そもそも人間関係に興味が薄いのは、今更どうしようもないとはいえ、あちゃーって感じです。
 自分なりの気づきを得た今でも、ドラマ版があまり好きでないのは変わりません。なぜなら、ぼくは人間関係が描かれる話よりもゲームのプレイログのほうが好きだからです。とはいえ、それはあくまでぼくの趣味であって、良いドラマだと思います。観てね。あわよくばゲームやろうね。

宣伝
 いろいろ書きましたが、あくまで個人の感想です。観た人が面白ければそれでよいです。
 ドラマは既に放送始まってるんですが、動画配信サービスNetflixで全話観れます。再放送や地方での放送も予定ありらしいです。詳細はWebで。
 ドラマは観れなくても、ブログは誰でも読めます。かなり長いし、ゲームの知識があったほうが楽しめますが、なくても面白いです。ドラマ化に至るまでの紆余曲折も外伝として読めます。脚本家の案をボツったのもここの話ですね。長いです。面白いです。
 読んでみて少しでもゲームをやってみたいと思ったら、必ずぼくのところへ来なさい。レベル35まで無料で遊べます。製品版は月1500円(パッケージ代別)です。月額課金はハードルが高いと思いますが、それだけの内容はあると思います。
 みんなでゲームするのたのしいよ!
 
 

インテリになりたい

今フランス大統領選挙の真っただ中ということで、大学時代の恩師の専門がフランス○○○(特定防止)だったなあと思い出し、ちょっと興味が湧いた。久々にブログを覗いてみると相変わらずお元気そうでなにより。
父親がいない(死んでない)ぼくにとって「大人の男性」像というのは極めて曖昧なのだが、何某先生はそんな僕から見ても非常に尊敬できる人物である。残念ながら大学生当時のぼくは(今も)何も考えていない中身スカスカ人間であったため、そんな素晴らしい先生の下で学べるという機会を全力で素通りして中身スカスカのまま卒業してしまい、恩師と呼ぶことすら正直おこがましい。長い読書感想文以上でも以下でもないカスのようなでっち上げ卒業論文は、いまだに思い出すだけで枕に顔をうずめて足バタバタである。一応日本では一流とされる大学にあんなゴミで名を残したことが死ぬほど恥ずかしい。今からでもマジで卒業資格をはく奪されたい。

隙あらば自分語りはこれくらいにして、大統領選である。残念ながら4月25日現在、先生のブログで大統領選に触れているのは1月の左派予備選挙についてだけだったので、決選投票に進出したマクロンとルペンに関しては知りたければ自分で調べなければならない。そういえば先生は左派寄りだったような気もする。別にフランスがどうなろうが関係無いし知ったこっちゃないのだが、政治的なものの見方や情報収集力を養うのは、自分に関係ある選挙で役立つはずだ。という、スカスカ人間のせめてもの悪あがきです。
少し前にオラが町の市議会選挙があって、合理的に投票先を選ぼうとして、面倒になって諦めた。結局自民党の若手に入れた。若かったので。大統領選と田舎の市議会選を一緒にするのもどうかと思うが、選挙は選挙。ぼくのようなスカスカの実を食べた全身スカスカ人間は、投票先の選定基準に困ってしまうので、どう選べばいいか知りたいのだ。
そういうとき、最も良いと思われる情報ソースは選挙公報等の公的な公開情報である。であると思って、実際見たのだが(意識高い)、正直わかりづらい。だいたい似たようなこと書いてあるし(馬鹿)。馬鹿でもわかりやすく腑に落ちるためには、「信頼できる人物の発信する情報」が必要ではないかと思う。「信頼できる」という条件自体が大変ふわふわで信頼できない気がするが、各自の信頼できる力(リョク)(?)に頑張ってもらうということでここはひとつ。

フランス大統領選におけるぼくの「信頼できる人物」は恩師だったわけだが、結局ブノワ・アモン氏のベーシック・インカム論が面白いということぐらいしか収穫は無かった。他、Togetterのまとめやらニュースサイトやらを読んで(小一時間)、なんとなく最終候補の立ち位置はわかった(気分になった)。マクロンが中道、ルペンが極右。なるほど(わかったのか?)。ただ、どうもこう、発言者の政治的スタンスによってどの程度バイアスがかかってるか読めず、とくにTwitterでの個人の発言はルペンは本質的レイシストだのレイシストじゃないだの、どっちがマトモなのやら(両方マトモじゃないやら)判断がつかない。
仮に自分がフランス国民だったとして、どちらに投票するか考えてみるが、よくわからない。結局、自分自身の立ち位置をよく把握していないのだ。なんとなく右寄りとは思うものの、そもそも前提知識が不足していて話にならない。学力と家庭の経済状況は比例すると言われているが、ぼくはそうは思わない。なぜなら我が家は貧乏だから。ただし、文化資本と経済状況はおおいに比例すると思う。なぜならぼくの教養は貧乏だから。

要するにノンポリってやつなのかもしれないが、何もわかっていないのに選挙で投票したとして、その1票にどんな意味が?とは思ってしまう。日本の選挙で、誰が首相になろうが誰が市長になろうが自分の生活が変わるかと言えば、おそらく大して変わらないので、結局どうでもよい気がしてくる。あるいは「大して変わらない」という認識がそもそも不勉強と無知ゆえなのか。うーむ。それでも一応毎回投票に行ってるのは、なんというか「観てもいないアニメの批判はしたくない」的な心理というか。別に政権批判する気もないが、「文句を言えない立場」に陥ることを避ける為だけに、休日の時間を代償に支払って投票している。


久々に恩師のブログを読んだせいで無駄に知的好奇心が刺激されて、インテリを気取ったことを書いてしまった。実際はスカスカの実のスカスカ人間である。マクロン候補は口ばっかり巧みで薄っぺらだというもっぱらの評判なので、親近感を覚える。中身がないよしみでやっぱりマクロンに一票。インテリになりてえ。

やる気元気鈍器

突然ですがやる気がなくなりました。まるで今までやる気があったかのような物言いですね。なかったです。これまでも、そしてこれからも。何のやる気かって、全部です。全部やる気がなくなりました。もともとこういう性格なのはまあ仕方ないとして、それにつけてもここ最近はひどいです。ふにゃふにゃほにほにです。まあでも、完全に感情が無い廃人みたいかっていうとそんなことなくて、欲しいものとか、楽しみなこととか、興味のあることとか、ちゃんとあります。Ibanezのベースが前から欲しくて、自動車保険が安くなった分お金が浮いたので買おうかなって思ってます。あとオンラインゲームの拡張も楽しみです。使ってないペンタブを見つけたのでお絵かきの練習をしたいです。Netflix契約したので映画も観たいし、本もたくさん読みたいです。ほら、いろいろあるじゃないですか。て思うじゃないですか。特に何もしないんですよ。ベース買うなんてワンクリックなのに、それすらしない。買ったら買ったでどうせカッコイイ置物になっちゃうんでしょうけど。なんでこんなにやる気ないのかなーって思って、心当たりを探してみました。たとえばお仕事のせいなのかなー。最近ちょーヒマ。今週やったことって、銀行でお金おろす、建設業許可の書類作る、ちょっと車運転する、町内の神社に奉納するお酒買ってくる、セールスの電話断る、くらいです。1日じゃないよ今週。あとは仕事してるふりしてエクセルいじくるかネットみてます。すいません。手取り14万だし楽してもいいでしょべつに。こんなんだから、なんていうか生きてる価値ないみたいな、そういう変な気分になっちゃったのかもしれません。違うかもしれません。お仕事が楽で早く帰れるなんて、趣味をしろと言わんばかりの環境なのにね。趣味ない。ゲームかな。最近あんまりおもしろくない。本読まない。楽器とか絵とか、練習だるい。ぜんぶめんどくちい。ずっと寝てたい。こういうの若干抑うつ傾向です?あんまりそういう感じでもない気がするんですけど。死にたいとかはないです。怖いし。死んだら悲しんだり困ったりするひとも若干いるから、死ぬのはやめといたほうがええなって思います。かと言って、大した楽しみもなくかんたんなお仕事でしょっぱいお給料もらって、なんのために生きてるんみたいなね。自分のためですけどね。その自分がなんもやりたくないっていうんだからまあいっか。あんまりよくないな~って思うですけど、人生の良い悪いってそもそも誰が決めるの~みたいな。自分かあ。よくないとは思うけど、別に悪いとも思ってないっていうあんびばれんとなかんじょーです。わかる?ほんと生きてる理由ない。こんなしょうもない人間になっちゃったのは全部自分のせいなので、それはしょうがないです。ハタチ前後まではいい人生だったなあ。あんまり悔いはないです。遺書みたくなっちゃった。死なないよ。今現在良い人生と思わないなら、行動しなきゃね。しないよ。

 

(追記)ほかにもほしいものありました。車ほしい。ミニ乗りたいんですよ。でも新車は到底手が出ないし、中古だって新しめのはやっぱりお高いなので、型落ち10年物とかで我慢するかあきらめてリーズナブルなの買うか悩みます。ローン嫌だし。どうせ生きてる意味ないならお金節約する理由もないやんって思いますけどね。奮発して高い買い物するやる気も出ない。次の車検は厳しいと思うので買い替え自体は確定なんです。やる気なくてもやらなきゃいけないことはやります。仕事だってちゃんとしてるし。めっちゃ暇そうですけど今週が特に暇すぎるだけですからね。仕事早いのでいつもおおむね暇ですけど。思えば昔からやれって言われればしっかりできるんです。大学受験も、勉強はしなきゃいけないものだって刷り込まれてたからうまくいっただけ。やれって命令されたらできるんだったら、全部誰か決めてくれないかなあ。

けものに愛を

ご存じの通り、我らが『けものフレンズ』のアニメが堂々たる最終話を迎えた。フレンズよありがとう。かばんちゃんとサーバルちゃんに幸あれ。ジャパリパークに光あれ。

けものフレンズ11話放送後、我々テレビの前のフレンズは一週間身を切られるような思いに耐えながら12話を待たねばならなかった。ハッピーエンドを疑っていたわけじゃない。ないが、怖くなかったと言えば嘘になる。
結論から言えば、そんなものは全くの杞憂に終わる。ぼくたちの思いを真正面から受け止め応えきった最終話だったと思う。涙と笑顔、王道を往く友情、勝利、大団円。爽やかなロードムービーにふさわしい新たな旅立ち。丁寧な演出と伏線の回収。信じてよかったたつき監督。ありがとうたつき。フォーエバーたつき。

今まで様々な形で視聴者を驚かせてきたアニメだったからこそ、最後にど真ん中ストレートがぼくたちの心を撃ち抜いたのだ。以前、知性の減退と向上の狭間で揺れているということを書いたが、どんな立場で視聴しようがそんなことは関係なかったのだ。全てを包み込むような包容力溢れる最終話だった。それはまさしくサーバルちゃんのごとく。
見どころは山ほどあるけれど、もはやいちいち述べる必要もなかろうと思う。きりがないので。敢えてひとつだけ挙げるなら、しわしわの紙飛行機がよかった。他にもたくさんたくさんよかった。

結局最終話を迎えてなお、ジャパリパークをめぐる謎はまだほとんど解明されていない。それどころか、「ボク、人でした!」という宣言を経てなお、かばんちゃんの正体は一層不可解になったとすら言える。人気を受けて2期(とハッキリ明言していないところが引っ掛かるけれども)制作が決定したからいいものの、もし知る人ぞ知る隠れた良アニメで終わっていたら、これらは永遠に謎のままだったのだろうか。
「考察班」が様々な推理で伏線や謎を紐解いていく様子は、人気爆発に一役買った。しかし第12話を終えて、そういった考察の余地はあくまでも(良質な)オマケなのではないかと感じた。非常にうまく作られていることは確かで、考察をするのはとても楽しい。けれど、それはけものフレンズへのキッカケのひとつに過ぎず、大事なのはそんなところではないのだ。

 

www.animatetimes.com

考察が捗るのはひとえに作り手のこだわりと技量の高さの表れであるけれども、彼らが作りたいのはそういう小手先のものではないのだと思う。じゃあ何かと聞かれるとぼくの言葉ではうまく説明できないが、インタビューを読めばわかる。愛です。動物への愛。けものフレンズへの愛。
ラブライブもまたそうであったように、覇権(この言い方はなんだかよくわからないが)を取る作品の大きな特徴は、制作者の愛が感じられることだと思う。もちろん、人気が出なかったから愛が無かったというわけではない。

ぼくは動物が好きだ。犬でも猫でも、哺乳類以外でもなんでも可愛い。ずっとペットを飼いたいと思っている。まだ飼ってない理由はただビビッているだけ。出会う前からお別れがつらい。考え過ぎなのかもしれない。もう2年くらいビビり続けている。あと部屋が狭い。
好きな子ができたときの「好き」や音楽や小説を好むときの「好き」とは、どこか違う種類であるように思う。うまく言語化できないけれども、そもそも明確に説明できるようなものでもないかもしれない。けものフレンズにはそういう感情が湧いてくる。動物の話なのだから当然と言えばそうなのだけど。
ほんとの愛はここにあるのである。

人の神を笑うな

ぼくは新興宗教が割と好きだ。
などと書くと大変な誤解を招く気がする。はっきり申し上げておくと存在自体にはかなり否定的であるし、あんな冗談みたいなものに入れあげる人々はなんてか弱くて哀れなんだと無礼にも上から目線で思うが、もちろんそんな薄汚い気持ちは心に堅く仕舞っているので安心してほしい。そうはいってもぼくは新興宗教が好きだし、もしこの世からあれらが消えてしまったとしたら、ちょっぴり悲しい。
最近ナントカとかいう女優のために某科学が話題になった。それを見ていて前職の同期(以下A子)を思い出した。ぼくはあとから聞くまで気が付かなかったのだが、彼女はある新興宗教(幸福の何某ではない)のガチ2世信者だった。らしい。

新興宗教の施設は往々にしてデカい。異常にデカい。形も変なのが多い。ああいうのを見ると無性にワクワクする。なんか良い。是非とも見学させてほしいのだが、やっぱり入信しないと立ち入ることはできないのだろうか。入信するくらいなら見れなくてもいい。無料見学会とかやってないのかな。
あんなエキサイティングな巨大建造物、一体誰が作ったんだ。神の力で出現したとかそんなことはもちろん無い。建設業者さんにこういう変なの欲しいって発注して、見積もりをもらって、あーだこーだ協議して、契約して、土方の皆さんが汗水たらして、建てたのである。デカいし変な形だし相当巨額の金が必要だろう。そのお金はどこから来たのか?まさか神が石ころから錬成したわけはあるまい。信者の方々のお布施である。お布施すごい。宗教法人はうまくやれば儲かるらしい。宗教法人法人税がかからない。実際あんなド派手な施設をドカドカ建てるんだから、儲かっているのだろう。宗教法人法人税がかからない。

A子さんはとても背が低い、小動物っぽい雰囲気の女の子だった。服装次第では中学生と言われても信じたであろう。大人しい性格のように見えたけれど、休憩中なんかは普通に今時の子らしく談笑していて、可愛らしいひとだなあと思う程度には、悪い印象はなかった。
前職は新人の退職なんて日常茶飯事だったので、ある日突然A子さんが出勤してこなくなり、しばらくして退職したと聞いても、特別驚きはしなかった。ちなみにその約半年後にはぼく自身がある日突然出勤しなくなり退職することになるんだけれども。
で、A子さんが辞めた直後、同期とご飯を食べているときに、実はあの子は○○会の布教をしていて~、という話を聞いた。マジで冗談かと思った。ぼくが知らない間に(周囲とのコミュニケーションを怠っている間に)事務所の何名かは彼女から勧誘を受けていて、職場ではそういうことはやめましょうね、という話になっていたらしい。ぼっちすぎて全く気が付かなかった。一応書類上?はそのナンタラ会の活動に専念する為退職ということになったらしいけれど、会社としてもそういうのは迷惑だし、A子さんのほうもここじゃ収穫はねえなと判断してさっさと辞めたんじゃないかと思う。本当に何の前触れもなく突然消えた。
実際に勧誘されたという同期の話によれば、異様な熱量でもってモリモリ誘われたらしい。前述の通り可愛らしい子だったので、ふたりで食事と誘われてノコノコついていき、突如終末がどうのと熱弁振るわれた同期氏の心中は察するに余りある。正直爆笑した。
グーグル先生によるとその○○会は数ある新興宗教の中でもかなり大手で、しかも極めて悪評高い。普段職場で見ていたA子さんの姿からは到底想像できず、本当にもうなんか笑うしかなかった。

かの蛭子能収氏は宗教を「自分で判断できない人が頼るもの」だと言った。ぼくも概ねその通りだと思う。中には真っ当な宗派もあるのだろうが、少なくとも新興と呼ばれるようなのは、アレとかソレのような信者数が多く知名度も社会的影響力も比較的高めなところでさえ、冗談ですよねみたいな教義をクソ真面目に唱えている。らしい。案外教祖や幹部はこんなん冗談やろって思ってて真面目に信じているのは下々の民だけ、みたいな感じじゃないかと思うけれど、いや、怒られそうだからやめよう。
もちろん信教の自由は何人にも保障される。ぼくが勝手に偉そうなことを思っていても、信じるのをやめろとは言えない。言わない。まあ、向こうさんは「御大を信じねえとてめえら不幸になるぞ」などとトンチンカンを言うのだが。
それでもぼくは新興宗教を愛している。この世には、というかこの狭い日本の中ですら、あんなにも理解しがたい人々が万単位で存在するという、その事実に興奮する。いや興奮はしないけど。それは例えばオカルト話や心霊話のような興味深さであり、そしてオカルトや心霊に比べて決定的に優れているのは、実在が確定しているという点である。幽霊が実在していると判明したら興奮する類の人間なのだ。ぼくは。
そういう、理解しがたい人間が存在するという現実を常に胸に留めておけば、どこかでちょっとヤバい人間に出会ったとしても「まあそういう人もいるさね」と受け流すことができる。異教徒は滅びると信じている者が確かにいるのだ、ちょっと常識はずれの奴がいたところで驚きはしない。

真剣に信仰を貫く人々を馬鹿にしているのか、という批判もあろうと思う。そんなことはない。いや、ちょっぴりあると言っても嘘にはならない可能性も否定できないが、その質問には基本的にはないとお答えします。動物園で笹を食むパンダを見ながらあなたはパンダを馬鹿にするだろうか。しないと思う。ちょっとたとえが悪いかもしれない。パンダに失礼だった。
蛭子氏の言には概ね同意するが、何かにすがることを悪だとは思わない。弱いのは誰のせいでもない。それを補う術として偶々宗教を選んだというだけのことだ。悪い部分があるとすれば布教によって周囲に迷惑を振りまくことであって、まあこの点だけで8割方悪いと言ってしまっていい感じにも思えるが。逆に言えば、そういう押し売りさえなければ全ての信仰は等しく尊いものである。
少なくとも信仰自体は決して非難されてはならない。多かれ少なかれ誰でも信仰は持っているのだから。その対象が神だったり仏だったり、O川R法だったり中野梓だったり星空凛だったりするだけのことである。

 

幽霊の正体見たり、彼が好き

昔ね、チョコもらったんですよ。
昔っつーか、まあ高校時代の話ですけど。10年前ですね。

じゅうねんつったらオメー、「decade」っていうソレ専用の英単語まで用意されてる、あの10年。もはや一時代。
鼻垂らしてた小学生が東大生にまで華麗にジョブチェンジすると言われる、あの。
小学生が東大生になるほどの期間、ぼくは何してたかって、アッ、やめやめ、これ考えたらダメなやつ。
意外と大昔話になりそうですけど、とにかく高校時代。
そう、チョコね。もらったのよ。

ご存知の通り女性比率がべらぼうに高い部活に所属してたので。
年頃の女の子たちはそういうキラキライベントが大好きみたいで、2月中旬、ガールズチョコ交換会が開催されるわけです。
にわかに甘く匂い立つ部室。ここ製菓研究部だっけ?
そのついでに男どもにも恵んでやるよって感じでね。
一応建前上は男性にあげるルール?ですからね。一応。
基本的にはデカい生チョコ塊を一口サイズカットした一切れとかですけど、気合入ってる子は有難いことに可愛くラッピングしたのとかくれるんですよ。もちろん義理ですけど。
人数が人数なんでけっこうたくさんもらっちゃった。えへへ。

懐かしいですね。チョコレートの味は青春の味、つってね。
いやまあ、チョコ味はただのチョコ味なんスけど。
ゴディバとかリンツとか食べてもあんまり違いがわかんない馬鹿舌なので、青春の味って言われても、ねえ。(もちろん大変うれしいです)

 「一生分のチョコもらっちゃったな~、卒業したらもう誰にもチョコもらえねえな~」

なんて笑ってたら、マジのガチでその通りになった。

 

ところが、そんなぼくも一度だけ、義理じゃないやつを貰う機会があって。

その後10年、これほどまでに何事もなく静かな人生になるって知ってたらね。
今思えばもっとこう、平身低頭して涙の謝辞を述べるべきだったんですけど。
でもあの頃は、まさか人生最後になるとは想像もしてなかったみたいでさー。

「おっ、ありがとう」

なんて、軽~く爽やかにね、笑顔でね。
したっけ、その子がさ、照れくさそうに、ちょっと申し訳なさそうにね、言うの。

「私、実はチョコレート苦手で…」

チョコじゃなくてアップルパイくれた。


ううん、アップルパイも好きだから大丈夫だよ。チョコと同じくらい好き。なんならチョコより断然好き。むしろ君が好き。

そういうわけで、ぼくは「本命チョコ」なるものの存在を信じていない。

 

ところで幽霊って見たことあります?ぼくはないです。
でも幽霊っていう概念はすっかり人口に膾炙してる。
見たことあるって言うひともそれなりにいるっぽい。
ぼくも、いるならいたほうがいいなーって思う。
それだけ世界が広がるってことだから。

しかしね、一応自分、根拠のない話には乗らないようにしてるんで。懐疑主義者なんで。この目で確かめるまでは、安易に「幽霊います」とは、ちょっと言えない。言いたくても言えない。
もちろん「いません」とも言えないけど。
そのうえで、心霊モノはフィクションとして好きです。
いたらいいねーって希望を込めて、ホラー映画とか観てる。


「本命チョコ」もね、ほんと、あったらいいなーって思う。マジで。
それだけ世界に愛があるってことだから。

でも悲しいかな、恥ずかしながら見たことがないので。
幽霊と同じくらいの水準で、見たことなくって。
「本命チョコ」なる概念が少なくとも日本では広く普及してること、知ってるよ。
テレビやネットや雑誌に情報が盛りだくさんなのも、知ってる。
幽霊よりもかなり信憑性高そうな噂とか体験談とか、聞こえてくるような気もしないでもない。
なんかもう隙を見せたら存在するって納得しそうだけど。
それでもこの目で見るまでは、世界に「本命チョコ」が存在すること、まだちょっと、信じられない。


皆さんはどうですか。
幽霊、見たことありますか。