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俺はオタクじゃない

 ブログ変えた。WordPressはオシャレなんだけどオシャレすぎて内容のどうでもよさに拍車がかかる。これで延べ4つか5つめです。初のブログ開設から10年経ってるし、まあ携帯も2~3年ぐらいで買い替えてると思えば妥当か(?)。なんか、普段喋ってない分の代わりなのかなんなのか、定期的にどうでもいい話を文章にしないと気が済まないらしく、これって内容のない会話を延々と続ける人々を全く笑えないんじゃないか。

 ゴジラの話です。ネタバレはあまりないけどあるかもしれない。

 どいつもこいつもガッズィーラガッズィーラうるせえから、観てしまった。別に、観ちゃダメな理由もないので観ればいいのだが。観た。面白かった。くそう。

 ぼくは庵野監督という人物についてあまりよく知らない。どうやら頭のおかしいオタクであるらしい(失礼)。新劇エバーをそれぞれ1回ずつ観たことがあるだけ。ゴジラシリーズもよく知らない。観たことがあるのはオキシジェンデストロヤーの奴だけ。よく覚えていない。エバーについては正直好きになれなかったし、ゴジラシリーズにも一切思い入れがないものであるから、大した期待もせず観たけれど、むしろそれが良かったのかもしれない。おそらく、ある種の期待を持って観た場合は、賛否分かれるところだと思う。嘘か真か、映画関係者(誰?)には不評だと聞く。映画の素人でも、異色の作品であることはなんとなくわかった(ぼくの場合は良い意味で)。誰かが言っていたように、どちらかというと「怪獣映画」というより「災害映画」と呼ぶべき内容だ。「ゴジラ」である必要なかったんじゃないかとも思うけれど、ゴジラだからこそここまで本気になったのかもしれない。一方で、ぼくのようなよくわかってない人間ですら「庵野節」とはいかなるものかを感じ取れるような濃い作品に仕上げているところは素直にすごいと思った。

 ぼくは基本的に邦画が嫌いなんだけども、この映画にはその嫌いな理由であるところの「恋愛」とか「感動」とか「人間ドラマ」のような要素が一切ない。逆に言えばそういうのが邦画の邦画たるゆえんであるとも思っていたけれど、いや洋画だってそういうのあるでしょと言われればまあそうなんだけど、なんというか、えっと、その、だって嫌いなんだもん。それらの要素がなくてもこうやって売れる邦画ができるのなら、もっとこういうの撮ってくれよと思う。庵野がアニメ畑の人間だからできたのかもしれないけれども。
 こう書くとじゃあいったいどんな映画だよと思う。実際良かったのでタチが悪い。悪くはない。とにかくドライで冷徹な映画に徹していて、ただひたすら「どうするか」だけを描いている。「何を感じるか」とか「何を考えるか」とかやってる余裕はない。災害はひとの気持ちを考えたりしない。
 ひとによっては、恋愛とか感動とかドラマとかがないとつまらないと思う者もいるわけで、むしろこうストイックに内容を絞ったこの映画を観た反応で、そのひとが映画を観る時何を求めているのかわかりそうだ(という趣旨の感想をどこかでみた)。たとえば前半の官僚や政治家たちのシーンは、ぼくはいかにもありそうな再現度の高さと芸の細かさがユーモラスで面白かったけれど、何を言っているのかわからないとかつまらないとかいう感想も時折目にするので、まあなるほどそういう見方もある。ぼくだってお笑い番組を観て全く面白くないと思うこともままある。そういうことだと思う。

 結論として、残念ながら大変面白い映画であった。この大絶賛されている雰囲気、既視感があると思ったら『マッドマックス』の時に似ている。根拠はないけれど、ゴジラを絶賛している層とマッドマックスを絶賛していた層はだいたい同じなのではないか。ぼくはマッドマックスは微妙だったんだけれども。
 過去のゴジラシリーズについての知識がないために、例えば音楽とかあるいは初代ゴジラへのなんやらとかいった文脈を読み取れなかったのがちょっと惜しまれる。せっかくオタクウケの良い作品なのだからオタクらしくめっちゃ早口で語りたい。例えば大人気の■■■■■爆弾とかについて。自分はオタクじゃないと散々言いつつ、これが良い映画だと思えるのはたぶんオタクだからだと思う。悔しい。今にして思えば、エバーの時大騒ぎしていたオタク達はこういう気持ちだったのかと気付かされる。なるほど。基本映画はひとりで観る(孤独なので)が、これに関しては誰かと一緒に(できればオタクと一緒に)観た方が楽しかったと思う。認めるのだ、自らの内なる“オタク性”を。