人の神を笑うな

ぼくは新興宗教が割と好きだ。
などと書くと大変な誤解を招く気がする。はっきり申し上げておくと存在自体にはかなり否定的であるし、あんな冗談みたいなものに入れあげる人々はなんてか弱くて哀れなんだと無礼にも上から目線で思うが、もちろんそんな薄汚い気持ちは心に堅く仕舞っているので安心してほしい。そうはいってもぼくは新興宗教が好きだし、もしこの世からあれらが消えてしまったとしたら、ちょっぴり悲しい。
最近ナントカとかいう女優のために某科学が話題になった。それを見ていて前職の同期(以下A子)を思い出した。ぼくはあとから聞くまで気が付かなかったのだが、彼女はある新興宗教(幸福の何某ではない)のガチ2世信者だった。らしい。

新興宗教の施設は往々にしてデカい。異常にデカい。形も変なのが多い。ああいうのを見ると無性にワクワクする。なんか良い。是非とも見学させてほしいのだが、やっぱり入信しないと立ち入ることはできないのだろうか。入信するくらいなら見れなくてもいい。無料見学会とかやってないのかな。
あんなエキサイティングな巨大建造物、一体誰が作ったんだ。神の力で出現したとかそんなことはもちろん無い。建設業者さんにこういう変なの欲しいって発注して、見積もりをもらって、あーだこーだ協議して、契約して、土方の皆さんが汗水たらして、建てたのである。デカいし変な形だし相当巨額の金が必要だろう。そのお金はどこから来たのか?まさか神が石ころから錬成したわけはあるまい。信者の方々のお布施である。お布施すごい。宗教法人はうまくやれば儲かるらしい。宗教法人法人税がかからない。実際あんなド派手な施設をドカドカ建てるんだから、儲かっているのだろう。宗教法人法人税がかからない。

A子さんはとても背が低い、小動物っぽい雰囲気の女の子だった。服装次第では中学生と言われても信じたであろう。大人しい性格のように見えたけれど、休憩中なんかは普通に今時の子らしく談笑していて、可愛らしいひとだなあと思う程度には、悪い印象はなかった。
前職は新人の退職なんて日常茶飯事だったので、ある日突然A子さんが出勤してこなくなり、しばらくして退職したと聞いても、特別驚きはしなかった。ちなみにその約半年後にはぼく自身がある日突然出勤しなくなり退職することになるんだけれども。
で、A子さんが辞めた直後、同期とご飯を食べているときに、実はあの子は○○会の布教をしていて~、という話を聞いた。マジで冗談かと思った。ぼくが知らない間に(周囲とのコミュニケーションを怠っている間に)事務所の何名かは彼女から勧誘を受けていて、職場ではそういうことはやめましょうね、という話になっていたらしい。ぼっちすぎて全く気が付かなかった。一応書類上?はそのナンタラ会の活動に専念する為退職ということになったらしいけれど、会社としてもそういうのは迷惑だし、A子さんのほうもここじゃ収穫はねえなと判断してさっさと辞めたんじゃないかと思う。本当に何の前触れもなく突然消えた。
実際に勧誘されたという同期の話によれば、異様な熱量でもってモリモリ誘われたらしい。前述の通り可愛らしい子だったので、ふたりで食事と誘われてノコノコついていき、突如終末がどうのと熱弁振るわれた同期氏の心中は察するに余りある。正直爆笑した。
グーグル先生によるとその○○会は数ある新興宗教の中でもかなり大手で、しかも極めて悪評高い。普段職場で見ていたA子さんの姿からは到底想像できず、本当にもうなんか笑うしかなかった。

かの蛭子能収氏は宗教を「自分で判断できない人が頼るもの」だと言った。ぼくも概ねその通りだと思う。中には真っ当な宗派もあるのだろうが、少なくとも新興と呼ばれるようなのは、アレとかソレのような信者数が多く知名度も社会的影響力も比較的高めなところでさえ、冗談ですよねみたいな教義をクソ真面目に唱えている。らしい。案外教祖や幹部はこんなん冗談やろって思ってて真面目に信じているのは下々の民だけ、みたいな感じじゃないかと思うけれど、いや、怒られそうだからやめよう。
もちろん信教の自由は何人にも保障される。ぼくが勝手に偉そうなことを思っていても、信じるのをやめろとは言えない。言わない。まあ、向こうさんは「御大を信じねえとてめえら不幸になるぞ」などとトンチンカンを言うのだが。
それでもぼくは新興宗教を愛している。この世には、というかこの狭い日本の中ですら、あんなにも理解しがたい人々が万単位で存在するという、その事実に興奮する。いや興奮はしないけど。それは例えばオカルト話や心霊話のような興味深さであり、そしてオカルトや心霊に比べて決定的に優れているのは、実在が確定しているという点である。幽霊が実在していると判明したら興奮する類の人間なのだ。ぼくは。
そういう、理解しがたい人間が存在するという現実を常に胸に留めておけば、どこかでちょっとヤバい人間に出会ったとしても「まあそういう人もいるさね」と受け流すことができる。異教徒は滅びると信じている者が確かにいるのだ、ちょっと常識はずれの奴がいたところで驚きはしない。

真剣に信仰を貫く人々を馬鹿にしているのか、という批判もあろうと思う。そんなことはない。いや、ちょっぴりあると言っても嘘にはならない可能性も否定できないが、その質問には基本的にはないとお答えします。動物園で笹を食むパンダを見ながらあなたはパンダを馬鹿にするだろうか。しないと思う。ちょっとたとえが悪いかもしれない。パンダに失礼だった。
蛭子氏の言には概ね同意するが、何かにすがることを悪だとは思わない。弱いのは誰のせいでもない。それを補う術として偶々宗教を選んだというだけのことだ。悪い部分があるとすれば布教によって周囲に迷惑を振りまくことであって、まあこの点だけで8割方悪いと言ってしまっていい感じにも思えるが。逆に言えば、そういう押し売りさえなければ全ての信仰は等しく尊いものである。
少なくとも信仰自体は決して非難されてはならない。多かれ少なかれ誰でも信仰は持っているのだから。その対象が神だったり仏だったり、O川R法だったり中野梓だったり星空凛だったりするだけのことである。