アイドル研究部をめぐる冒険

「アイドルって、つまりは偶像崇拝でしょう?」と彼女――小泉花陽は神経質そうに眼鏡を触りながら言った。
「あるいは」と僕は答えた。
「そうね、あるいは」
彼女はブレザーのポケットからマルヴォロ・ライトを取り出して、ライターで火を着けようとした。けれど、彼女のライターはガスが切れているようで、うまく着けることができない。
「よくわからないな。偶像崇拝の何がいけないんだい?」と僕は訊いた。「まさか、実はムスリムだって言うんじゃないだろうね」
彼女は何度かの試みの後、諦めてマルヴォロとガスが切れたライターをポケットに仕舞って「いけないということはないけど。でも、私にアイドルが務まるのかしら」と不安そうに言った。
「崇拝の対象になろうだなんて、傲慢だと思わない?」
「傲慢かもしれないし、傲慢ではないかもしれない」
「凛ちゃんっていつもそう。もっと素直になるべきよ」
「僕のことはいいよ。とにかく、かよちんはアイドルになるべきだと思う」
「そうなのかしら」
何処からか、軽音楽部の演奏が聴こえてくる。曲はT.レックスのイージー・アクションで、控えめに言って聴くに堪えないチープなものだったけれど、僕の指は自然と机をコツコツと叩いてビートを刻んだ。
「かよちんは本当はアイドルになりたいと思っている。だけど、その気持ちを恐れてもいる。『崇拝』は忌むべきもの、触れてはいけないものだと思っているから」
彼女はうつむいて沈黙した。カーテン越しに差し込む陽光のように、T.レックスが僕と彼女の間に鋭く割り込んできた。
「学芸会みたいな演奏だね」
「ここは学校なんだから、当然でしょう」と彼女は言った。
「かもしれない」僕は肩をすくめた。

僕たちはアイドル研究部に行ってみることにした。けれど、僕たちはそれがどこにあるのか知らなかった。長い長い廊下を歩いていると、音楽室があった。誰かがエリック・サティを弾いている。僕と彼女は、食後にブレンドコーヒーを飲むみたいに、そうすることがあらかじめ決まっているかのように、軋む扉を開けて音楽室へ入った。
「こんにちは、西木野さん」とかよちんは言った。
「また歌の練習に来たの?」目付きが悪い赤い髪の女生徒が、ピアノ演奏を止めて言った。僕はもう少し彼女のジムノペティを聴いていたかったのに、と思った。どこかのT.レックスと違って、彼女のサティはとても上手だった。
「アイドル研究部を探しているの。西木野さんは知っているかしら」
「それじゃ、アイドルになる決心がついたのね?」と彼女――西木野と呼ばれた女生徒は言った。
「そういうわけではないけれど。凛ちゃんがまずは行ってみようって言うの」
彼女はそこで初めて僕に気が付いたかのようにこちらを見て「あなた、花陽に無理をさせているんじゃないでしょうね」と、サルデーニャ産のトマトのように赤い髪をくるくると指に巻き付けながら言った。
「西木野さん、だったかな。これは僕とかよちんの問題なんだ」と僕は言った。
「傲慢ね。花陽がやりたいと思えばやればいいし、やりたくないと思えばやらなければいいのよ」と西木野さんは言った。「あなたもね」やれやれ、と僕は思った。
「そうかもしれない。ただ、かよちんは引っ込み思案だから、少しくらい強引なほうがいいんだ」
ふうん、と西木野さんは僕を眺めまわして、ため息をついた。
「わかったわ。私もアイドル研究部がどこにあるのかは知らないけれど、あなたたちについて行ってあげる」
「ありがとう、西木野さん。ところで、マッチかライターを持っていない?」とかよちんは言った。