あの日読んだホビー漫画の名前を僕たちはまだ知らない

大人になると子どもに戻りたいと思う瞬間が多々あります。あるいはそういう感傷から卒業した時こそ真の大人になるのかもしれませんが、とにかくぼくは今もしばしばあります。そんなあの頃、ぼく達が熱狂した漫画のひとつ『爆球連発!!スーパービーダマン』を読みましたので、ご紹介します。何故今頃そんなものを読んだのか?突然読みたくなったからです。

爆球連発!!スーパービーダマン』は1995~2001年にかけて月間コロコロコミックで連載された漫画です。こういったホビー玩具漫画は有名な『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』を始めとしてコロコロ史上たくさんありますよね。その中でビーダマンを敢えて選んだ理由は特になく、ぼくが一番コロコロ適齢期だった頃にちょうど人気絶頂だったから記憶に残っていたとか、そんな感じだと思います。我が家では月刊誌であるコロコロコミックを年に2,3冊しか買ってもらえず、その分1冊を擦り切れるまで繰り返し読んだために、その号に掲載された回がむしろ強烈に印象に残ったのでしょう。(悲しいエピソード)

4つの長編があるんですが、共通する魅力の一つに、ライバルとの和解と共闘というドラマがあります。
メインキャラクターのひとりサラーは、初登場時は資金力にものを言わせて勝利の快楽だけを求めるというありがちな嫌な奴でした。しかしタマゴとの全力の戦いの中で本来の勝負の楽しさを思い出し、仲間になります。そのサラーが歪んでしまった原因は転校前の学校での不幸なすれ違いにあったのですが、それは「全日本ビーダー選手権編(地区予選)」のラスボス戦への伏線でもあります。この、すれ違いからの憎悪→和解という構図は「TOPビーダー選手権(全国大会)」でのガンマ・ガンモの師弟対決にも見られますね。大会で対戦する多くの強敵たちは戦いの中で実力を認め合い、ビリーのように主要メンバー入りしたり、特訓の手助けをしたり、応援したりします。かつて戦った友から受け継いだ機体、とかもめちゃくちゃ燃えますよね。物語の展開的にも「昨日の敵は今日の友」パターンは胸が熱くなるものですが、こうした姿を見て読者の子どもたち(そしてぼく)は、本気で戦うことと友情は両立しうるのだと知るのです。ぼくもPVPゲームをやってて負けたときに激情に駆られそうになるのでよくわかるんですが、「勝ちたい」「負けて悔しい」という感情はどうしても人を攻撃的にしてしまいます。小学生ならそこから喧嘩になることも多いでしょう。そういうときグッと堪えて、お互いに気持ち良く健闘を称え合うことで仲直りでき、あるいは仲間が増えて結果的に大きなプラスになるよ、ということが全編を通して描かれているわけです。

全国大会編までに登場する主要なビーダー達は、初登場時は非情だったサラーや円、伊集院を含め、心根の優しいスポーツマンシップを守る善良な子どもたちです。しかし、残念ながらルールを破る人間はどこにでも必ずいます。それが最終章「ダークマター編」に登場するはぐれビーダー集団ダークマターです。彼らは大人のビーダマン普及団体(?)JBA内部の権力争いに付け込み、ビーダマン界(?)の実権を握ろうとします。戦いの中で津印やマダラがいかにしてダークマターとなってしまったのかが描かれていますが、それもまあ簡単に言ってしまえば子どもらしい感情が発端の不幸な物語と言えます。最終的には、彼らもまたタマゴ達との戦いを通してビー魂を取り戻していくのですが、ここから我々はルール違反者への対応を学ぶことができます。序盤のサラー編から一貫して、正しい行い(ルールの中で全力で遊ぶ)が最も楽しく面白いことであり、それを実践で示していくことで気付いてもらうわけです。子どもたちは間違いを犯してもそれに気づけば矯正することができる。登場人物の中で最後まで改心せず悪役として消えていったのが大人のDr.迫ただ一人というのがなんだか示唆的ですね。

ところで、こういうホビー漫画は娯楽であると同時に、販促を兼ねている面もあると思われます。ぼくはビーダマンはやりませんでしたが、ミニ四駆ベイブレードは買ってもらった覚えがあります。当たり前ですがビーダマンにしろミニ四駆にしろ、漫画みたいな派手な芸当は全然できない。買ってもらった玩具と漫画を比べて、最初は落胆するかもしれません。しかし、実物が目の前にあるというのはやっぱり嬉しいものですし、遊んでみるとそれはそれですごく楽しい。一緒に遊ぶ友達がいればなおさらです。そうして、フィクションの面白さと現実の面白さが全く別でありこと、どちらも違った魅力があることを、自然に身に付けていきます。それはフィクションと現実を混同しないという重要な精神性の獲得につながるのです。大人になってもその区別がつかない人は、同級生がゴーーッ!シューート!!やってる輪に入らず孤高ぶってた陰キャか、親が厳格もしくは貧乏で玩具を一切買ってもらえなかった不幸な子かのいずれかだと思われます(暴論)。

いかに学ぶべき部分が多いかという論調になってしまいましたが、対象読者が価値観の柔軟な子どもたちであることを考えると、もしや狙ってそのように描いたのではとも思えてきます。裏返せば、人格形成に多大な影響を与えかねないからこそ、下手な話にはできなかったとも言えますが。では我々成人はお呼びでないかと言えばそんなことはなく、十分に我が身を省みるキッカケにできるでしょう。なぜなら、あの分厚い雑誌に夢中になっていた日々を懐かしく思う気持ちがある限り、ぼくらはまだ大人ではないので。
まあ、そういう堅苦しいことを抜きにしても、漫画としてそもそもめちゃくちゃ面白いので、よかったら読んでみてください。対象年齢のためか、極端なシリアス展開が一切なくストレスなく読めるのもよいですね。少年漫画が備えているべきあらゆる要素が完璧に詰まっていて、あなたのビー魂に火が付くこと請け合いです。