異常思想

少し前、黒人男性が白人至上主義者をハグして何故黒人を嫌うのかと問うたところ、白人主義者は困惑して理由がわからないと言った、というニュースがあった。何かを嫌うという感情は精神の奥底から湧き上ってくるものであって、どうこうしようというのは無理があるのではないかという、示唆に富む話だった。また、小児性愛者へのインタビューが行われている記事も興味深かった。彼はその気持ちをなくすことはできないけれども、子どもに危害を加えることは決してしないと誓っていた。しかしだからといって欲求が消えるわけではなく、苦しい思いを吐露していた。このように、何をどう感じどう好むか(嫌うか)は、必ずしも明確な理由があるわけではないらしい。育ってきた環境や何らかの衝撃的体験が影響しているのかもしれないが、少なくとも本人が自覚していないケースもよくあるということだろう。それらは方向が正であれ負であれ変えようと思って変えられるものではなく、人間の性根というものは誰にも完全なコントロールはできない。本人でさえも。コントロールできないなりに、平均というか中央というか、そういう傾向はあって、「常識」とか「普通」とかいうフワフワした語で言い表されている。一方、たとえば人種差別や特殊性癖のように、思想や感情が不幸にも「常識」や「普通」から逸脱していた場合、いったいどうしたらいいのだろう。逸脱した行為に走って犯罪者になるか、一切表に出さず自他の齟齬を抱えて苦しみ続けるか。普通でない思想を持つこと自体は罪ではなく、それらを言動に移したときに初めて裁かれるべきだと思うが、実際は内心と行動を分離できる人間ばかりではないことは明らかで、残念ながらなにかしらの事件になったりする。被害者からすれば意味の分からない輩に意味の分からない苦痛を強いられるわけだから、やはり異常な思想は行動前から取り締まるべきなのかもしれない。そのようなことはあってはならないと、異常な思想を持つ者が誰にも明かさず密かに生きて行くことにした場合、既に紹介したように当人は死ぬまである種の苦しみを負い続けることになり、実質終身刑に近い。何も罪を犯していないのに。最近は凄惨な殺人事件をよく聞くが、殺人衝動を持ちながらも死ぬまでそれを抑え隠し続けた人がどこかにいたかもしれない。その人はもしかすると、余人には到底及ばない精神的偉業を成したにもかかわらず誰にも認められず、救われず、死んでいく。やはり異常な思想を持つことだけで重罪であるから、その苦しみは妥当だということなのだろうか。わからないではないが、なんというか、人間の精神は完全に自由意志の支配下であると言っているに近く(本来自由意志で制御できるのだから異常思想に傾くのは悪)、それも少し極端ではないかと思う。そんなに自分を制御できる者がたくさんいるとは思えない。

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