仕事を辞めた

よく誤解されるが、実際にペンギンそのものに触れたことはほぼない。搬送されてくるペンギンの個体は専用の袋でパッケージングされているからだ。一定間隔で袋を開けて検品することになっていて、そこで初めて袋の中身が確かに生きたペンギンであることを確認できる。俺の仕事は、届いた袋をそのままペンギンを蒸す機械に運び、制御盤で指定の操作を行い、トラブルやエラーがないことを見届ける。それだけだ。蒸されたペンギンの取扱いはまた別の作業員の仕事で、その内容は俺の知るところではない。
世間ではペンギンの命をむやみに奪う非情かつ冷酷な仕事だと思われているが、このように管理された業務のおかげで、生命を扱っているという意識は希薄だった。確かに可哀相かもしれないが、それは食肉用の家畜だって同じことだし、ペンギンだけを特別扱いする理由はない。蒸されたペンギンもきっと何らかの形で社会の役に立っているに違いない。そう思っていた。どのように役に立っているのかは知らなかったが。

あの日、ペンギン入りの袋を右から左へ受け流す単調なリズムが、初めて乱れた。
検品の為に袋の口をあけたとき、中のペンギンが勢いよく飛び出してきたのだ。今まで何百と蒸してきたペンギンたちは、いずれも袋の中でおとなしくじっとしていたので、俺は驚いた。今思えば、全てのペンギンが一様に無抵抗なのも不自然だったが、それを気にしたことはなかった。
一応、こういった場合の対応マニュアルもあったが、今までこんなことは起きなかったので、もたついてしまった。マニュアルを思い出し区画の封鎖ボタンを押そうと手を伸ばしたとき、
「やめろ!」
と鋭い制止の声が響いた。ひとつの区画に作業員は1名のはずだ。あたりを見渡しても人影はない。
「話を聞いてくれ」
にわかには信じがたかったが、声の主は今しがた袋から出てきたペンギンだった。予想だにしなかった事態に思考が追い付かず固まっている俺に、ペンギンは落ち着いた低い声で語りかけてきたのだった。
彼によれば、ペンギンという生き物は彼のみならず皆が言葉を解し話すことができるらしい。人間はペンギンを人類文明への脅威として捉えているため、増えすぎないように蒸しているんだと彼は言った。
「じゃあ、何故君たちは文句も言わず大人しく蒸されているんだ?」
「家族を人質にとられているんだ。もし拒めば一族全員が蒸されてしまうから逃げられない」
ペンギンなのに人質とはどういうことか。この異様な場面でそれが妙に可笑しく感じられた。このペンギンの彼は他のペンギンと間違えてここに送られてきたのだという。彼自身は身寄りがなく、逃げ出しても犠牲になる家族はいない。だから脱走を試みた。
「なあ、頼む。俺を助けてくれ」

俺は彼を逃がすことにした。もしかしたら、彼の語ったことは全部でたらめだったかもしれない。ペンギンを減らしたいならわざわざ蒸す必要はないし、家族を人質にするなんて面倒なことをしなくてもいい。だいたい、ペンギンが喋れたからといって、どう人類を脅かすと言うのだろう。あるいは、普通のペンギンは当然会話などできるはずもなく、あの一羽だけが特別だったのかもしれない。いずれにせよ、俺は何も知らなかった。ペンギンのことも、自分がしている仕事のことも。確かなことは、言葉を話すペンギンがいたということ、彼が俺に助けを求めたということだけだった。
彼を逃がして間もなく、俺はペンギンを蒸す仕事を辞めた。