元プロ受験生

センター試験も終わったみたいなので受験の話でもしましょう。前もしたっけ?ええやん。なにせ自分受験の(元)プロなんで。(元)プロゆえこの時期は毎年いっちょモノ申したろみたいな気分になるんですけどいい加減やめたいのでこれで最後にします。する。

「地頭」とかいう言葉があって、たぶんこれが高校までの勉強の得意不得意を指すんですけど、それでいくと自分は地頭は良いのかもしれません。受験においてその差は偏差値にやっぱり多少は出てきますよね。とはいえ一般人の地頭の良さなんてたかが知れてて、結局受験の結果だけ見るなら勉強時間どれだけかっていう勝負なんですよ。自分一日10時間やったもん。そりゃ受かるっつーの。騙されたと思ってやってみ。マーチ程度なら誰でも受かるって。落ちても知らんけど。結局地頭が良いかどうかなんてのはごく一部の化け物とごく一部の馬鹿以外にはそこまで関係なくて、Time to winなんすよ。だから学生の頃なんかは偏差値の低い人を頭が悪いとは全く思わなかったですけど、勉強せず遊んでるんだなとは思ってました。ただまあ実際問題10時間やれって言われても簡単ではなくって、それも勉強の向き不向きと言えばそうなのかもしれない。自分はなんでやれたかって言うと、進学校で周りみんな勉強してたからなんか一緒に勉強してたらすごいことなったみたいな感じなんですけど、そうやってふわーっと大学に入った結果、学歴が何の役にも立たない人生になったわけです。旧帝国っていうクソカッコイイ響きだけだよ、勉強しててよかったって思うの。

私は頭は悪いです。地頭じゃなくもっとこう広い意味では。まず「学校の成績が良い≠頭が良い」のはなんとなく共通認識かと思います。少なくとも「好きな作家の母校をとりあえず第一志望に書いて変えるのが面倒だからそのままにしてたら受験することになった」とか「何学部に行きたいのかわからんから模試でA判定だったとこに願書出した」とか「学歴を全く生かすことなく手取り14万に甘んじている」とかいうのは頭が良いとは絶対に言えない。私ですけど。受験が成功したからって人生が成功するわけじゃないし、逆もまたしかり。何をもって人生の成功とするかは置いときますけど、受験で測れる能力じゃないことだけは確かです。でも受験が成功すれば武器が一個増えるのも確かで、そういうつもりで頑張るなら全然意味はある。あるいは、勉強したいことがあってそれに基づいて大学に進むとか、そういうのをちゃんと考えてたらたとえF欄でも素晴らしいことだと思うし、私なんかよりずっと頭が良い人ですよ。頭が良いとかいう胡乱な言い方がアレなら、少なくとも私なんかよりずっと人間レベルが高いですよ。

こういう後悔を永遠に引きずっているわけなんですけど、たとえ気付きを得た今のまま高校生に戻ってやり直しても、きっとどうにもならないんだろうなという気はします。なんでかわかんないけど、自分にはそういう能力はない。人生の要所要所で低きに流れ易きに流れる人間だということが28年にわたる観察からわかりました。なので毎年毎年あぁ~って思ってます。せっかく人より多少優れてる部分があったのに、ちゃんと活かしてあげられなかったのはまことに遺憾であります。教師になったり、塾講師になったりする選択肢もあったはずなのに、そうはなっていない。なぜならボンクラだから。来年からはあぁ~って思わずに済むようにここで全部書き捨てます。