四畳半偶像大系

人の恋路を邪魔するものはアルパカに蹴られて死んでしまう運命にあるというので、私は大学の寥寥たる北の果てにあるアルパカ小屋には近づかないようにしていた。なぜ私がアルパカを恐れたかと言えば、私は知らない人も知っているほどに悪名高い恋ノ邪魔者であったからである。
そんな私も大学に入る直前には、ひょっとするとあるかもしれない同性との薔薇色の交際に向けて軽い武者震いをしたこともあった。それがいつしかアイドルなどと言う偶像崇拝をほう助する俗物へと成り果てた。私がこのような冒涜の隘路へ踏み出したのは、宿敵であり唾棄すべき盟友でもあるひとりの女の手引きによるものであった。
高坂穂乃果は私と同学年である。工学部で電子工学科に所属するにもかかわらず、電子も電気も工学も嫌いである。成績は驚くべき低空飛行であり、果たして大学に在籍している意味があるのかと危ぶまれた。しかし本人はどこ吹く風であった。
実家は和菓子屋を営んでいて揚げ饅頭ばかり食べているからか、常夏の蜜柑のような髪色をしていて甚だ不気味だ。夜道で出会えば、十人中八人が妖怪と間違う。残り二人は妖怪である。もし奴に出会わなければ、私の魂はもっと清らかであっただろう。
それを思うにつけ、二回生の春、「アイドル研究部」へ足を踏み入れたことがそもそも間違いであったと言わざるを得ない。

その日、教養棟を悠然と歩く私の鼻先に突如妖怪が現れた。よく見ると妖怪ではなく高坂である。この女は神出鬼没でその名を学内に知られており、同時に四つの講義に出席していたとか、一日に三回すれ違うと死ぬとか、本体は饅頭だとかいった怪談がまことしやかに囁かれている。
「アイドルやりましょう」
奴はうへへと笑いながら私に顔を近づけた。
「藪から棒に何を馬鹿な」
スタコラ歩き去らんとする私の耳に悪魔の甘言が飛び込んできた。
「南さんもやりますよ」
私はアイドル研究部員となった。

南さんは私や高坂と同学年である。文学部英文学科に所属し勉学に励む傍ら、手芸部でもその手腕を遺憾なく発揮する才色兼備の美女であり、さらに学長の愛娘でもある。可憐で楚々とした佇まいは、十人中八人が女神と間違う。残り二人は美を解さない妖怪である。
名目上アイドル研究部員の殻をかぶった私は、南さん研究部員としての活動に余念が無かった。精力的な研究の結果、南さんが文学部英文学科及び手芸部及びアイドル研究部に所属する可憐で楚々とした才色兼備の美女であることがわかった。その他の情報は目下調査中である。
アイドル研究部は、恐るべきことに高坂が発起人となって立ち上げた新造のサークルであった。当然部室も予算もなければ、当局の承認もない。どこぞのアイドルを信奉するカルトのような胡散臭い活動かと思っていたが、なんと自らアイドルになることが目的だと言う。私はこの女についてきたことを心底後悔しかけたが、南さんが視界に入ってきた瞬間そのような些末な煩悶は消えうせた。
高坂は南さんの手芸部での実績を見込んで、衣装製作担当として彼女を魔窟へと引き込んだものらしい。なぜ彼女ほどの傑物が悪鬼の誘惑に乗ってしまったのか、私は理解に苦しんだ。
「南さんは幼馴染なんですよ」
妖怪は戯言を吐いた。我々は高坂の実家である和菓子屋の二階、奴の私室に集結していた。
「また出鱈目を」
「いえ、本当です」
何故だか猛然と私も南さんの幼馴染であるような気してきた。そうすると必然的に高坂も幼馴染であることになってしまうがそれは無視した。

アイドル研究部の部員が我々三人のみであることは特段驚くに値しない。妖怪の怪しげな誘いなど乗っていはいけない。しかし、南さんはアイドル研の活動に積極的であった。何やら「お母さん」とか「定員」とか「新入生」とかいう話を高坂としていたが、その時私は南さんのまつ毛を凝視するのに忙しく、良く聞いていなかった。
「ライブをしましょう」
かくして我々の最初の目標は講堂でのライブ敢行となった。